楽しく学ぶ…解析力学
ハミルトニアン・ハミルトンの正準方程式
ハミルトンは幾何光学との類似性, 及びラグランジュが賛美した正準形式の影響を強く受け, 力学の新しい定式化に取り組んだ。
幾何光学との類似性 ハミルトンは光学理論の微分方程式との類似性から新しい力学の定式化に取り組んだ。
フェルマーの原理
ニュートンの再来と呼ばれたハミルトンは, ラグランジュ1788年の労作『解析力学』を「科学の詩」と讃え, 自身の進めていた光学理論との類似性から今日のハミルトン力学を建設した。
(中根美知代 数理解析研究所講究録1130巻2000年 物理学から数学へ)
ハミルトンは反射・屈折の法則から, 光線の軌跡が
\[\delta\int \nu ds=0\tag{1} \]
により規定できることを証明した(1828年光線系の理論第1部)。\(\nu~\)は屈折率で, \(\nu ds~\)は光学行路長である。当時, 屈折率は\(~n~\)ではなく\(~\nu~\)を用いた。
これは今日
フェルマーの原理と呼んでいるものであるが, ハミルトン自身は光学の基礎原理とは位置付けてはいない。
「最小作用の原理」と呼ぶこともあるが, 力学の「作用」とは異なり, 多分に情緒的なものである。「光学的距離最短の命題」が正しい。
光線系の理論第2部でハミルトンは発想の転換を図る。「最小作用の原理」を基礎原理として定め,
\[I=\int \nu ds \]
を光線系のあらゆる幾何学的性質を包含する特性関数として, 実際の光路は
\[\delta I=0 \tag{2}\]
に従うとした。(1)と(2)は同じことであるが,
全てを包含する特性関数を定義したことが新しい。力学でもこの思想が貫かれる。
そして, この特性関数\(~I~\)は1階偏微分方程式,
\[\left(\dd{I}{x}\right)^2+\left(\dd{I}{y}\right)^2+\left(\dd{I}{z}\right)^2=\nu^2 \]
を解いて求められる。
(2)式の変分の極値を求める問題を, 1階編微分方程式に帰着するという
ハミルトン・ヤコビの方法が用いられている。
実際の光線の軌跡は, その特性関数を微分して求める。
ハミルトニアンの起源
さらに力学研究, 特に太陽・木星・土星からなる系の3体問題を解く過程で, 光学研究における偏微分方程式との類似性から, その力学系の全ての性質を記述し得る「特性関数」が存在するとして, 第1論文(1834年)では, ラグランジュの提唱した作用積分
\[\begin{align}
V&=\int_{s_1}^{s_2} mvds=\int_{s_1}^{s_2} m\frac{ds}{dt}ds\\
&=\int_{0}^{t}m\left(\frac{ds}{dt}\right)^2 dt=\int_{0}^{t}2\frac{1}{2}mv^2 dt\\
&=\int_{0}^{t} 2Tdt
\end{align} \]
がそれにあたるとした。そのまま何もしなければ, 今頃は上記\(~V~\)をハミルトニアンと呼んでいたかもしれない。
ところが論文の最後で, それまでは定数であった全エネルギー\(~H=T+U~\)を積極的に取り入れた「補助関数」
\[S=V-tH\]
を導入した。更に第二論文(1835年)ではこれを主関数に格上げし
\[S=V-tH=\int_{0}^{t}(2T-H)dt=\int_{0}^{t}(T-U)dt \tag{3} \]
とした。被積分項の\(~T-U~\)は現代ではラグラジアンと呼ばれている。
ハミルトンの力学体系では, この関数こそ系のあらゆる性質を包含する, 運動方程式に代わり得るものであった。
なおハミルトンの原著では現在の\(~-U~\)の代わりに\(~+U~\)を用いているが, 誤りやすいので現代風に書き改めた。
そして(3)式において\(~\delta S=0~\)とした変分原理こそ, 今日
ハミルトンの原理または
最小作用の原理と呼ばれるものである。
全エネルギーを特性関数に組み込んだ理由は, 作用積分\(~V~\)を近似的に解こうとする過程で, ハミルトンは思いがけない関係式
\[t=\dd{V}{H} \]
を発見し, それまでは事実上定数であった, 全エネルギーを積極的に関数として捉える発想に達したからである。
これが今日のハミルトニアンの起源である。
実は時間\(~t~\)とエネルギー\(~H~\)の組を正準共役と呼ぶことがある。次に説明する位置\(~q~\)と運動量\(~p~\)の組と共に, ハミルトニアンはかなり偶然の賜物と言えるかもしれない。
余談:教科書にはハミルトンの原理は\(~\displaystyle \delta\int Ldt=0~\)と書いてある。ハミルトンが\(~T-U=L~\)とした痕跡は見当たらない。\(~L~\)と書いたのは誰だろう?
ハミルトン形式 ラグランジュが賛美した正準形式の実現が目的であった。
正準形式の元祖はハミルトンではない。
ポアッソンは摂動関数\(~\Omega~\)を含むラグランジュの運動方程式を解く過程で,
\[\frac{dq_i}{dt}=-\dd{\Omega}{\dot{q_i}},\quad \frac{\dot{q_i}}{dt}=\dd{\Omega}{q} \]
という形をした方程式を得ていた(上述中根美知代氏)。ハミルトンの正準方程式を知っている読者は「あれ!」と思うのではないか?
しかしポアッソン自身はこの方程式をさほど重要と考えなかった。正準形式の,
対称性, 簡潔性を重要視したのはラグランジュである。
「解析力学」第2版(1788年)で, 正準形式の方程式の重要性を主張し, 証明と使い方を与えている。ただし
自身の定式化は正準形式ではない。
なお, この対称性, 簡潔性が「造物主の意志にかなった聖典的な理論形式(モーペルテュイ)」ということで, ヤコビが正準「\(Canonique\), 法規にかなった」という用語を与えた。
一般化運動量 座標と運動量を同等に扱うためという説明が多いが, 絶妙な組み合わせは偶然らしい。
ハミルトンは1834年「動力学における一般的方法」の序文において, 上述したポアッソンとラグランジュの摂動関数に関する結果を一般化すると言明している。
つまり, 力学形式を
簡潔で対称美を持った聖典的な理論形式, 即ち正準形式で書くことを目的とした。
当初, ハミルトンは運動方程式を何らかの方法で1階常微分方程式に帰着しようとし,そのために
\[w=\frac{dT}{d\dot{q}}\]
をひとつの座標系として扱おうとした(前述中根美知代氏)。\(T~\)は運動エネルギーである。\(~\displaystyle w=\frac{d}{d\dot{q}}\frac{1}{2}m\dot{q}^2=m\dot{q}~\)だから運動量である。
もう一つの命題「美しい正準形式」を実現しようとしたとき, この\(~w=dT/d\dot{q}~\)が正にうってつけであることに気づいた。ハミルトンの現論文ではこの\(~w=dT/d\dot{q}~\)が使われている。後年それを誰かが(おそらくヤコビ), 一般化運動量\(~p=dL/d\dot{q}~\)と書き直したのだろう。
このように正準形式を保つ変数の組を
互いに正準共役であると言う。正準形式は見た目が美しいだけではなく, 正準共役な変数の組には物理の根幹に関わる原理が隠されている。このことは量子力学で遺憾なく発揮される。やはり「\(Canonique\), 法規にかなった」方程式かもしれない。
上述したように, ハミルトンの正準方程式にはもう一組の正準共役の変数\(~t~\)と\(~H~\)がある。
ポアッソン括弧で, もう一度触れることになるだろう。
ハミルトンの正準方程式 ハミルトン自身による方法はゴタゴタして大変分かりにくい。ここからは現代風の導出である。
エネルギー保存則
ラグラジアン\(~L~\)は\(~q_i,\dot{q}_i~\)の関数であるが, \(q_i~\)も\(~\dot{q}_i~\)も\(~t~\)の関数であるから, 結局\(~L~\)は\(~t~\)の関数である。
そこで\(~L~\)を\(~t~\)で微分すると,
\[\frac{dL}{dt}=\sum_i \dd{L}{q_i}\dot{q}_i+\sum\dd{L}{\dot{q}}\ddot{q}_i \]
となる。ここでオイラー・ラグランジュ方程式\(~\displaystyle \frac{d}{dt}\left(\dd{L}{\dot{q_i}}\right)=\dd{L}{q_i}~\)を上式右辺第1項に代入すると
\[\frac{dL}{dt}=\sum_i\left\{\dot{q_i}\frac{d}{dt}\left(\dd{L}{\dot{q_i}}\right)+\ddot{q_i}\dd{L}{\dot{q_i}}\right\} \]
となるが, \(\{\cdots\}~\)内はちょうど
\[\frac{d}{dt}\left(\dot{q_i}\dd{L}{\dot{q_i}}\right)\]
に等しくなっているから,
\[\frac{dL}{dt}=\frac{d}{dt}\sum_i\dot{q}\dd{L}{\dot{q_i}} \]
結局,
\[\frac{d}{dt}\left[\sum_i\dot{q}\dd{L}{\dot{q}}-L\right]=0 \]
が成り立つ。つまり\(~[\cdots]~\)内は定数である。それを\(~E~\)と置くと,
\[\sum_i\dot{q_i}\dd{L}{\dot{q_i}}-L=E\tag{4} \]
を得る。(4)式は何を意味するのであろうか。最も簡単な例で考えてみよう。
今質量\(~m~\)の粒子が速度\(~v~\)で運動し, ポテンシャル\(~U~\)が\(~r~\)だけの関数とすると,\(~\displaystyle L=\frac{1}{2}mv^2-U(r)~\)である。
これを(3)式に当てはめると
\[\begin{align}
v\dd{L}{v}-L&=v\cdot \frac{1}{2}\cdot 2mv-\left(\frac{1}{2}mv^2-U(r)\right)\\
&=\frac{1}{2}mv^2+U(r)=E
\end{align} \]
となり, これは全エネルギーである。運動エネルギーを\(~T~\)として, 一般的な議論(教科書に多い)を進めても同じ結果を得る。
つまり(4)式はエネルギー保存則を表している。\(E~\)という文字を使ったのはそういうことである。
ハミルトン関数(ハミルトニアン)
さて(4)式をあらためて
\[H(q,p,t)=\sum_i p_i\dot{q_i}-L(q,\dot{q},t)\tag{5} \]
と書き, これを考えている系の
ハミルトニアンまたは
特性関数と呼ぶ。ここで,\(~p_i=\partial L/\dot{q}~\)は一般化運動量である。
ハミルトンの正準方程式
導出法は, 大まかに言うと2通りある。どれも運動方程式を書き直したもので, 新しい事実は何も無い。
(1) ラグラジアンを\(~H=\dot{q}p-L~\)とルジャンドル変換し変形する。数学的に最も明快であるが, 物理的背景が分かり難い。納得できる読者向け。
(2) ハミルトニアンに停留原理, ハミルトンの原理を当てはめる。循環論法のような気もするが, 何となく分った気になる。
ここでは(2)に従って導いてみよう。折角導いた(4)式であるがラグラジアンに戻すと,
\[L=\sum_{i} p_i\dot{q_i}-H \]
であるから, これに
ハミルトンの原理をあてはめると,
\[\begin{align}
0=\delta\int_{t_1}^{t_2}Ldt&=\int_{t_1}^{t_2}\delta Ldt \\
&=\int_{t_1}^{t_2}\Big\{\sum_i(\dot{q}\delta p_i+p_i\delta \dot{q_i})-\delta H\Big\}dt \\
&=\int_{t_1}^{t_2}\sum_i\left(\dot{q}\delta p_i+p_i\delta\dot{q_i}-\dd{H}{q_i}\delta q_i-\dd{H}{p_i}\delta p_i\right)dt\\
\end{align} \]
このうち(\(\cdots\))内の第2項に\(~\displaystyle \delta\dot{q_i}=\frac{d}{dt}\delta q_i~\)を利用した部分積分を行って
\[\sum_{t_1}^{t_2}p_i\frac{d\delta q_i}{dt}dt=\big[p_i\delta q_i\big]_{t_1}^{t_2}-\int_{t_1}^{t_2}\dot{p_i}\delta q_i dt \]
とした上で, 両端\(~t=t_1,\;t=T_2~\)では\(~\delta q_i=0~\)を使ってこの式の右辺第1項を消してしまう。結局ハミルトンの原理は
\[\delta\int_{t_1}^{t_2}Ldt=\int_{t_1}^{t_2}\sum_i\bigg[\left(\dot{q_i}-\dd{H}{p_i}\right)\delta p_i-\left(\dot{p_i}-\dd{H}{q_i}\right)\delta q_i
\bigg] dt=0 \]
ということになる。\(\delta q_1,\dots,\delta p_f,\dots,\delta p_f~\)は全て独立に勝手にとった微小変化であるから, 上式が成り立つためには(‥‥)内が全て0でなければならない。したがって,
\[\frac{dq_i}{dt}=\dd{H}{p_i},\quad \frac{p_i}{dt}=-\dd{H}{q_i} \]
が得られる。これがハミルトンの正準方程式である。
オイラー・ラグランジュ方程式が座標\(~q~\)に対する2階の微分方程式であるのに対して, ハミルトンの正準(運動)方程式は, 座標と運動量\(~(q,p)~\)に対する1階の連立微分方程式となっている。
また上述したように, \(H~\)が\(~t~\)を直接含まず\(~H(q,p)~\)と書けるときにはこれは\(~T+U~\)(全エネルギー)に等しい。