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湘南理工学舎
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2024/03/20

 楽しく学ぶ…解析力学

 最小作用の原理 (1) フェルマー, モーペルテュイ

現代ではハミルトンの原理を最小作用の原理と呼ぶが, ハミルトンの100年前から存在する。
 どの教科書, どのサイトにも必ず書いてある。「解析力学は分かり難い。必要性が分からない。ラグラジアンって何?」。
解析力学はニュートン力学を形式的に捉えなおし,より一般的な形式にまとめたもの。といった所が一般的な説明であろうか?
「解析力学は便利この上ない。問題の見通しがよくなる」との説明もあるが, さほど便利にも, 見通しが良くなったとも感じられない。
何回か挫折した凡才から見れば, ニュートン力学で十分間に合っている, 解析力学はいらないという気にもなる。
 しかし歴史を辿ると異なる側面が見えてくる。オイラー, ラグランジュは垣間見えた自然の新しい姿に胸をときめかせて挑んで行ったのである。
ラグランジュの解析力学(1788)に衝撃を受けたハミルトンは, 自身の幾何光学とラグランジュの力学の共通性に気づき, 偶然の助けも借り, やがて本人の思いも及ばなかった(と筆者は思うが)真理煌めく位相空間の世界を拓いて行った。
 ファインマンの高校の恩師ベイダー先生は, このことを良く理解していた。ベイダー先生から「最小作用の原理」の教えを受けたファインマンは, 後に経路積分の方法を発見することになる。
 数学, 物理学を学ぶときの困難さの一つに, その理論に至る間の先駆者たちの七転八倒の歩みに触れられず, 論理がスマートに進みすぎる点がある。
 今日の我々には当り前すぎる「エネルギー」という用語を使ったのはあのケルビン卿で19世紀半ば, 下記年表のハミルトンの後である。
\(1/2\;mv^2~\)を最初に微分したのはオイラーであるが, オイラーもこれが重要概念エネルギーに繋がっている認識は無かったと言われている。そういう中で先駆者たちは理論を発展させてきた。
 余り見かけない書き方であるが, モチベーションを失わないために, この記事では先駆者たちの情熱を追いかけ, その一端に触れようと思う。

 解析力学は大きく二つに分けられる(と筆者は考える)。オイラー・ラグランジュ方程式までと, ハミルトンが切り拓いた位相空間の力学である。
多くの教科書, サイト記事ではごく自然に移行したかのような印象を与えるが, 後者は全くの別物で, 挫折するのは後者である。目的も終わりも見えない。また終わりはないとも言われる。
 そうは言っても, 手っ取り早く知りたい読者, これから多くを学ばなければならない若き学徒にとってはゆっくり学んでいる時間は無い。次のように割り切ろう。

ニュートンの運動方程式とラグランジュの運動方程式は等価

ルジャンドル変換でハミルト二アン導入

ハミルトンの正準方程式導入

 ラグランジュの運動方程式は現代物理学に於いても重要なツールとして用いられ, 新しいラグラジアンも数多く計算されている。
一方ハミルトンの手法は, 考え方を整理し, 高みから眺めるには良いが, 実用性はいまいちである。先ずは「ラグランジュの運動方程式」の, 実際への適用を数多くこなし, 十分慣れてから次へ進むのも遅いようで早いかもしれない。
解析力学の先駆者達
先駆者


微分形式以外の定式化
最小作用の原理 割と一般的な考えだった
 物理学の法則は幾つかの方法論で発見され, それに適した数学の形式で記述されてきた。
例えば力学では, ガリレオ以来の伝統で, 質点に働く力から加速度を求め, 位置を逐次的に求める方法である。
微分形式と呼ぶ。原因を特定し, その結果を次々と求めてゆく方法で, 部分を見て全体を知る, あるいは因縁因果の世界とも言える。
 ニュートンの運動方程式や, 電磁気のマクスウェル方程式など, 多くの法則がこの形式で書かれている。ケプラーの時代, 微分学は未完成であったが, 考え方は同じである。
なお微分形式は「微分可能多様体上に定義される\(~\cdots\)(Wiki)」と難しく書かれているが, 要は上述した通りである。
 一方, 先ず結論ありきから出発し, その結論に至る理由を記述する方法がある。全体を見て部分を見る, あるいは因果因縁の世界とも言える。
「自然はその効果を生み出す際, 常に最も単純な方法\(~(moyens\;les\;\;plus\;simples)~\)で作用する」(モーペルテュイ)。
程度の差はあるが, 割と広く受け入れられていた考えのようである。
 いきなり最小作用の法則と言われると戸惑うが, 少し想いを巡らせば, 自然はシンプルだ!などと, 日常会話でも良く用いられているのである。

フェルマーの原理 1661年。ニュートン力学の成立以前である。
 証明に330年かかった, あの有名な定理ではない, 光の屈折に関する定理である。
「光は最短時間で到達できる経路を選ぶ」というのがフェルマーの原理である。「?」と言う前に, 実際に確認して見よう。
スネルの法則

[証明]
 \(a,b,c\gt 0~\)を定数とする。\(A(0,0),B(a,b),C(x,c)~\)とおき, \(x~\)を\(~0~\)から\(~a~\)の間で変化させた時, 最短時間となる\(~x_0~\)を求める。
光が\(~\rm AC~\)間, \(\rm CB~\)間を進む間にかかる時間はそれぞれ\(~\displaystyle\frac{1}{v_{1}}\sqrt{x^2+c^2}\), \(~\displaystyle\frac{1}{v_{2}}\sqrt{(x-a)^2+(c-b)^2}~\)である。
これらの和を\(~T(x)~\)とおき, 最小となる\(~x_0~\)を求めるために微分すると, \[\frac{dT(x)}{dx}=\frac{x}{v_{1}\sqrt{x^2+c^2}}+\frac{x-a}{v_2\sqrt{(x-a)^2+(c-b)^2}} \] を得る。\(T(x)~\)が取るのは, 極大か, 極小か, またそれぞれ複数あるかどうかの証明が必要だが, \(\rm C~\)を\(~\rm A,B~\)の外側に大きく取れば, \(~T(x)~\)は大きくなるので, 一つの極小値, すなわち最小値を取るとして良いだろう。
\(x=x_0~\)の時最小値を取るので, その点での微分係数は\(~0~\)である。よって, \[\frac{x_0}{v_1\sqrt{x_0^2+c^2}}+\frac{x_0-a}{v_2\sqrt{(x_0-a)^2+(c-b)^2}}=0 \] これを変形すると, \[\frac{sin\theta_1}{sin\theta_2}=\frac{v_1}{v_2}=n \] と, 良く知られたスネルの法則(又はスネル・デカルトの法則, 1621年)が得られる。注:
\[\displaystyle sin\theta_1=\frac{x_0}{\sqrt{x_0^2+c^2}},~sin\theta_2=\frac{a-x_0} {\sqrt{(x_0-a)^2+(c-b)^2}} \] 光は, 全てをご存じで最短時間の経路を知っておられ, その経路を辿ったらスネルの法則(又はスネル・デカルトの法則)だった。というわけである。
 なお, フェルマーは正弦関数によるデカルトの導出を受け入れず, ここに述べた最小時間の原理に基づいて同じ結果を得た。(Wiki)

モーペルテュイの定理 神の諸属性から導かれた運動と静止の諸法則について(1746年)
詳しくは「黎明期の変分力学(2011数理解析研究所講究録, 有賀暢迪)」参照。
 モーペルテュイは当時の形而上学(対立用語は唯物論)の影響を強く受け, 最小作用の原理を通じて神の存在を証明しようとした。
フェルマーの原理を誤りと断定し, 最小になるのは時間ではなく, 距離と速度の積, 作用であるとして, スネルの法則を導いてみせた(1744年)。
 以下の物体の衝突の例は, 高校生が見ても何とも不思議であるが, そういう時代背景があったとしよう。

 2つの物体の非弾性衝突を考え, それぞれの質量を\(m_A,m_B\), 衝突前の速度を\(v_A,v_B\), 衝突後の速度(一体になって運動する)を \(v_x~\)とする。
モーペルテュイの作用の量とは「諸物体の質量とそれらの速度ならびにそれらが通過する距離の積」であるが, 速度や距離が具体的には何を指すのか, 詳しくは述べられておらず, 当然, 数式による定式化は与えられていない。
そこで言葉通りに, 質量と速度変化と距離変化の積の総和を作用の量\(~S~\)とする。
 両物体の速度の変化は\(~v_x-v_A\), \(v_x-v_B~\)である。一方距離の変化は, 少々不思議であるが次のように考える。
衝突前にはそれぞれ単位時間で距離\(~v_A,v_B~\)を進み, 衝突後には\(~v_x~\)を進んだので, 距離の変化も\(~v_x-v_A\), \(v_x-v_B~\)である。
よって作用は \[S=m_A(v_x-v_A)^2+m_B(v_x-v_B)^2 \tag{1} \] \((v_x-v_A)^2~\)はモーペルテュイの定義では速度×距離で\(~m/s\cdot m=m^2/s~\)であるが, 速度の2乗とも読める。この時点で少し奇妙であるが, 先へ進もう。
(1)式が最小となることから, \(v_x~\)で微分して(速度の微分か, 距離の微分か不明だが)それを\(~0~\)とおくと, \[v_x=\frac{m_Av_A+m_Bv_B}{m_A+m_B} \tag{2} \] を得る。
 \(v_x~\)を速度とみれば, これは高校物理で習う「運動量保存則」である。\(m_A v_A+m_B v_B=(m_A+m_B)v_x~\)としてみれば一目瞭然であろう。
\(v_x~\)を距離とした場合, (2)式は何を意味するのであろうか?重心の座標らしいが。さらに議論は続く。
 完全弾性衝突の場合には, 衝突後の速度をそれぞれ\(~v_{\alpha},v_{\beta}~\)とすると, 変化に必要な作用の量は, \[S=m_A(v_{\alpha}-v_A)^2+m_B(v_{\beta}-v_B)^2 \] である。これが最小という条件と, 完全弾性衝突であるから, 衝突の前後で二物体の相対的な速さが等しい\(~v_{\beta}-v_{\alpha}=v_B-v_A~\)とから, \[v_{\alpha}=\frac{m_Av_A-m_Bv_A+2m_Bv_B}{m_A+m_B}, v_{\beta}=\frac{2m_Av_A-m_Av_B+m_Bv_B}{m_A+m_B} \]  これも\(~m_A=m_B=m~\)としてみれば, \(v_{\alpha}=v_B,v_{\beta}=v_A~\)と速度が交換されており, 高校で習ったとおりである。 つまり, 非弾性衝突も, 弾性衝突も同じ原理から導かれる。(これが何故神の存在証明になるのかは「十八世紀中葉における二つの最小作用の原理, 有賀暢迪, 48(2009)」参照)。
 何とも奇妙な議論であるが, これを見て笑ってはいけない。同時代のダ・ランベールは「これまで別々の法則を有していた弾性衝突と非弾性衝突とを同じ法則に帰属させ, 初めてただ一つの原理, 最小作用の原理によって決定した」と絶賛しているのである。
ニュートンのプリンピキア発刊から50年以上経ても, 当時は, 弾性衝突と非弾性衝突を一つの数式で表せなかったらしい。
 モーペルテュイの作用を, \[S=\int_{r_A}^{r_B} \bm p\cdot d\bm r \] として, ニュートンの運動方程式を導出する方法もあるが, ラグランジュの方程式と比べて使いずらい点もあるので, ここまでとしよう。

coffe

[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!

 作用を「速度と距離の積」と定義し, いわゆる最小作用の原理を最初に定式化したのはモーペルテュイである(1744年)。オイラーが類似した\(~\displaystyle S=\int muds~\)を与えたのは(オイラーの時代は\(~v~\)の代わりに\(~u~\)を用いた様である.), その3か月後である。
 ただモーペルテュイは定式化があいまいであったり, 形而上学へのこだわりが強すぎたりして, 後世の評価は高くない。オイラーと不仲だったことあり, モーペルテュイ自身は定式化の内容よりも, 自分の先取権を主張する, この「3か月」にしか興味がなかったと言われている。