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湘南理工学舎
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2024/01/31

 豆知識/数学

 博士の愛した数式

•原作:小川洋子著 新潮社
  読売文学賞,本屋大賞

•映画:2006年1月21日公開
  第18回東京国際映画祭特別招待作品

 はじめに

 この「博士の愛した数式」の小説に登場する博士の 人間味のある表現で上手に"数/数式"を説明していきます。
数学に無縁だった博士の家政婦が, 次第に 数学に興味を抱いていく,また家政婦の息子はその後成長して, 当然のように数学の教員になってしまう。
 数学を面白くさせる小説。
 "270万人が泣きました"との小説。
 当初はこの話に登場する"数/数式"についてだけ紹介・説明するつもりでした。
博士が絶妙な場面で数/数式を持ち出して説明しているので,数/数式が印象的に,脳裏に深く焼きつきます。
従い, ここでも数/数式を紹介するその場面を反映したので, 話が長くなりましたが, あしからずご容赦ください。

 交通事故により事故後の記憶が80分しかもたない博士(元数学教授)と、家政婦(私)とその子供(ルート君)のあいだで繰り広げられる,また3人が博士の語る美しい数/数式を通して心がふれあっていく作品です。
 映画では、中学校の数学教師になったルートが授業で「博士との回想」を交え、生徒に興味を注ぐように、数/数式を教えて,生徒もだんだんと共感していくような場面もある。 (原作ではルートの母である家政婦(私)が語っている)

 場所は瀬戸内海に面した小さな町で展開する話, 時は1992年です。
私が世話をする博士は母屋の離れの平屋に住み, 立派な母屋には博士の義姉が住む, 私はその義姉から家政婦組合を通して雇われている。
義姉(未亡人)は博士の今は亡き兄の嫁であり, その兄の財産を相続し, 義弟の面倒を見ている。
義姉からは「月曜から金曜日, 朝11時から夜7時までの勤務, 食事と買い物, 部家の清掃などをお願いします」
「また義弟が起こしたトラブルは離れの中で解決してください」
いろいろ聞きたいことがあるが, 彼女は余計な詮索を差しはさむ余地をあたえまい態度であった。
こうして私は博士の家政婦になった, 1992年の3月だった。
 博士は大学の数学教授だった17年前, 交通事故にあい, 脳を損傷, その後の記憶は80分しか持続できなくなってしまった。
したがい毎朝, 博士の家の玄関で, 私は自己紹介しなければならない。
「新しい家政婦です」と, そして博士は「君の靴のサイズは幾つかね」と聞く→「24です」と答える
「いさぎよい数字だ!…4の階乗だ」
階乗とはなんですか」→「1から4までの自然数を全部掛け合わせると24になる」

自然数とは "1, 2, 3, … n, …" のように正の整数です。
階乗をもっと詳しく【参照先】
「君の電話番号は何番かね」
「576の1455」です。→5761455
「素晴らしいね! 1億までに存在する素数の数に等しいね」
素数とは1と自分自身以外に約数を持たない数。
例えば:2, 3, 5, 7, 11, 13, 19, 23, …

 このようにして毎日玄関で数字の会話が繰り返される。
博士の背広には沢山のメモ用紙がクリップされ, 袖口には私の似顔絵のメモが追加されている。
「君の誕生日いつかね」→「2月20日です」(220)
博士が腕時計を外し,文字盤の裏側をみせる。そこには "学長賞 No.284" と刻印してある。
220284を博士は「どう思う」と聞くが「同じ3桁、どちらも偶数ぐらいしか…」
「この2つ数の約数で自分自身以外の約数を並べて加算してみよう」
220:1 2 4 5 10 11 20 22 44 55 110→ 248
248:1 2 4 71 142→ 220
「ごらんこんな素晴らしい一続きの数字の連なり、220の約数の合計が284。284の約数の合計が220」
友愛数だ」「あのデカルトさえ一組しか見つからなかった組合わせだ」
「神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ」

 今の首相は宮沢首相、しかし博士にとっては交通事故時の三木首相である。
博士の記憶が短時間をいいことにして、私は教えてもらったことを何度でも質問できた。
私は数学と聞くだけ寒気を感じたほど苦手だったが, 博士の教えてくれる数/数式には素直に受け入れられた。
それほど博士は上手な教え方で…数/数式に驚きのため息, 美を讃える言葉, 瞳の輝きは意味深いものだった。
あまりにも驚きの友愛数を知り, 他の友愛数を見つけようと考えるようになった。
「220と248以外の友愛数?」をたずねた。→「1184と1210だよ」
「4桁ですか,やっぱり私では到底無理ですね,息子にも手伝わせたんですが」
「君, 子供がいるのか」
「いくつだ, 今何してるのか, 一人か」博士は椅子から身を起こした。
シングルマザーでること, 10歳であり, 一人でほとんどできると応えた。
もっと小さいころからずっと2人でこうやってきた。 ………博士は様々に子供を心配した。
明日から子供は学校が終わったら直接ここにくるんだ, 宿題はここでやるんだ, 母親のそばにいられる。
明日になったらどうせ忘れるだろうと高をくくっているんじゃないか。 見くびってもらっちゃ困る。
約束を破ったら承知しないぞ
博士のメモに "新しい家政婦さんの似顔絵" の横に "その息子10歳" が追加された。
それ以来, 息子は博士の家に通った。 それは博士が専門の医療施設に入るまで続いた。
息子は宿題をしたり、博士の数字/数学の話を聞いたりして楽しんだ。

 ランドセルを背負った息子が初めて 博士の家に来た時, 博士は両腕を広げ息子を抱擁し,
「よく来てくれたね ありがとう, ありがとう」と「息子の帽子をとり, 頭をなでて, 君はルート(\(\small{\sqrt{\ } }\) )だよ 」
息子の頭が平らで√記号に似ているからだ。
「どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる, 実に寛大な記号…ルート(君)だ」
息子は博士独得の歓迎に慣れ, 帽子を脱ぎ, (√にふさわしい)頭のてっぺんを突き出した。
息子が来ると博士は必ず√記号の偉大さを讃えることを忘れなかった。
ルート が加わった3人の生活リズムは軌道にのりルートは博士に甘え, 思ったことも言えて, 博士もそれを受け入れ楽しんでいる。


私はようやく博士を外へ連れ出すのに成功した。
床屋に行き髪の毛をサッパリにして, その帰りベンチに座った。
そこで私は博士に「28の約数を足すと28なるんです」と言うと。
博士はベンチの下の小枝を拾い, 書き始めた。
「ほう……」
28=1+2+4+7+17
完全数だ, 一番小さな完全数は6(=1+2+3)だ」
自分以外のすべての約数を足した数が自分となる数を完全数という。(自然数)
「次は496, 次に8128, さらに3350336,…」
「完全数以外は約数の和がそれ自身より大きい"過剰数" か, 小さい "不足数" か である」
完全数でない自然数を不完全数という。これによれば過剰数, 不足数, 友愛数は不完全数である。
「1だけ小さい不足数はあるが, 1だけ大きい過剰数は今だ発見されていない」
「せっかくなので完全数の性質を示そう→完全数は連続した自然数の和で表せる」
6=1+2+3
28=1+2+3+4+5+6+7
496=1+2+3…30+31

 博士とルートは野球ファン、しかも二人とも阪神ファン, 特に博士は江夏の熱狂ファンだった。
博士の中では江夏はまだ阪神の選手であった, そこで現役の江夏を知らないルートは図書館へ行き, 江夏の業績を調べた。
206勝, 158敗, 193セーブ, 2987奪三振。
ライバルの巨人の王から最も多くの三振をとり, 最も多くホームランを打たれたが, 王には一度もデッドボールをださなかった。
1968年シーズン奪三振401の世界新記録を打ち立てた。
1975年, 南海に移籍した,…この年に博士の記憶がとまった。
ある日, 二人が野球の話をしていた時, 博士が「そうか, 阪神はそんなに調子がいいのか」「で江夏の防御率はいくつかね」「奪三振はどうなっている」
ルートは「江夏はトレードされ, 僕が生まれる前に…それにもう引退したよ」
博士は「えっ!」と絶句, 体が固まった。
いつも自分の記憶でカバーしきれない事柄も心静かに受け止めいたのに, 今回だけは勝手が違う。
その場をどう取りつくろっていいか見当がつなかい状態に陥っていた。
それを見て, ルートは自分が如何にひどいことを言ったのかを悟り、ショックを受けている。
博士は自分の仕事机に両肘をつき, 床屋できれいにした髪をかきむしった。
ルートはその博士の乱れた髪を撫でた。
……
この江夏問題は博士の短時間記憶のおかげで博士自身は忘れたが, 博士に二度と悲しませないと, 私たちは江夏に関してだけは嘘をつき通すことにした。
博士の書斎, 食堂で私とルートに聞かせてくれた数学の話に素数が一番多く登場した。
この世で博士が最も愛したのは素数だった。
「たかが素数、されど素数」素数の奥深さに取りつかれる数学者が多くいます。
はじめはなぜ, そんなに魅力があるのか不思議であったが, 博士が素数について語る態度のひたむきさに, 引きずり込まれてゆくうちに, 私たちに連帯感みたいものが生まれてきたみたいである。
私たちにとって夕方は貴重な時間だった, 朝は初対面同士として出会いお互いに緊張感が解かれ, そこにルートが帰ってくる, 無邪気な声が振りまかれる。
博士は同じ話を繰り返すが, 私たちは「その話は聞きました」と言わない固い約束をした。
こんな幼稚な私たちを数論学者のように扱ってくれる博士の努力に報いる必要があるが, 何よりも混乱せたくなかった。
 混乱は博士に悲しみを与える。(…江夏問題を思い出して…)
博士は失ったものの存在を知ることはなく, 何も失っていないのと同じである。…それを考えると私たちの約束はたやすいことであった。  ルートの宿題が終わると, 「100までの素数を書いてみよう」と博士が書きはじめた。
2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 83 89 97
「さあ, どう思う」, ルートは「みんなばらばらだ…それに"2"だけ偶数だよ」
「そうだ, 素数のなかで偶数は"2", 一個だけ, 素数番号①, 素数の先頭にたちリードオフマンで無限の素数を引っ張ている」
ルートは「淋しくないのかな」→「いやいや, さびしくなったら偶数の世界にいけばいいんだよ」
私も負けずに「17-19, 41-43など差が 2 である二つの素数の組がありますね」
「なかなかいい指摘だね、双子素数だよ」
「数が大きくなるにつれて素数の間隔が空いてくる, 双子素数も同様だ, 素数は無限にあるが, 双子素数が無限にあるかどうかまだ分からない」
博士の授業で不思議なのは彼は「わからない」という言葉を惜しみなく使うことだ。
分からないのは恥でなく、新たな真理への道標だった。
彼にとって, 手つかずの予想がそこにある事実を教えるのは, 既に証明された定理を教えるのと同じくらい重要だった。
「100を超え1万, 100万, 1000万…と大きくなると素数がでてこない…砂漠となる, それでもあきらめずに進むと素数 というオアシスがある, ともかくあきらめずに進むんだ!」
そのころ, 西日が部屋に差し込み, 夕食の時間がきた。

「ちょっとすまないが, 君…」いつもの頼む時のきまり文句。
びっしり数式が書かれた用紙の束を数学雑誌へ郵送するように頼まれた。
私は封筒に宛名"……懸賞問題応募係御中"を書き, 郵便局まで駆けていくのです。
この応募は博士の定期的のようだった。
懸賞といっても論文的なもの, あることの証明的なものです。
「証明に美しい, 美しくないがあるんですか」と聞くと→「もちろんだよ」

 連休の4日続けての休み明けの朝, 博士が見せるよそよしさが, いつにもなく かたくな であった。
私が買い物にでかけたて帰ると, ルートは包丁で手を切り, 博士はルートを抱えたまま嗚咽/うめきのような声をあげ, 台所の床にしゃがみこんで動揺しいていた。
「足を怪我したわけではないから…」と言っても博士は耳をかさず, ルートを背負って診療所まで走った。
診療所のドアを叩き「お願いします。子供が苦しんでます…助けてやってください」
ルートが治療中、私と博士は薄暗い廊下に腰をかけた。
博士はレントゲン室の前に放射線の危険を示す三角形のマークを指さした。
「君は三角形を知っているかね」→「いいえ」私は "はい" と言える余裕はなかった。
博士は受付けにあった問診票の裏に書き始めた。
階乗
「几帳面な人が薪を積み上げるように豆を並べる」
「1段目に1個、2段目には2個, 3段目には3個…正3角形を造形する」
博士の手は僅かに震えている、薄暗い中で見える。
1, 1+2=3, 1+2+3=6, 1+2+3+4=10…
「正3角形に含まれる豆の数…これは三角数という」
「三角数は本人が望もうが望むまいが, 1からある数までの自然数の和を表しているんだ」

階乗
博士の手は震え, 鉛筆に神経を集中させようと懸命である, 背広のメモもルートの血がついている。
「このように4番目の3角形を左右にして, 二つに合わすと平行4辺形となる」
次は1段目から4段目の豆の数
左1+右4=5…左2+右3=5…左3+右2=5…左4+右1=5
「このように考えると4段の三角数(上の図で左から3番目)は:」
\(\frac{4(4+1)}{2}=\frac{4(5)}{2}\)\(=\frac{20}{2}=10\)
「5段の三角数(上の図で一番右)は:」
\(\frac{5(5+1)}{2}=\frac{5(6)}{2}\)\(=\frac{30}{2}=15\)
…これは1から5の自然数の和です。
「6段の3角形の三角数:(図はない)」
\(\frac{6(6+1)}{2}=\frac{6(7)}{2}\)\(=\frac{42}{2}=21\)
…これは1から6の自然数の和です。
「それでは1から10の自然数の和:」
\(\frac{10(10+1)}{2}=\frac{10(11)}{2}\)\(=\frac{110}{2}=55\)
一般的な式にすると
 自然数n の和\(=\dsfr{n+(n+1)}{2}\)

「分かるかい?こうすれば自然数の和が求まるだよ」
n段目の三角数は1 から n までの自然数の和に等しい 
博士が泣いているのがわかった。鉛筆がこぼれ落ちた。
「分かりますとも, ルートは大丈夫, 心配いりません, どうど泣かないください, 三角数はこんなに美しいのだから」
その時, 診察室から出てきて「この通り平気だよ」
帰りもルートは博士におんぶをしてもらった。

 次の日, 博士と一緒にメモを書き直しをした。「どうして血がついてるだろう」
「ルートが包丁で手を切って怪我がして, たいした怪我ではありません」
「君の子が…それはいかん」
「いいえ, 博士のおかげで大事にはいたりませんでした」
「本当に? 僕が役に立ったのかい?」
「もちろんです, こんなにメモが台無しになるまで奮闘されたんじゃありませんか」
「それに待合室で大事なことを私に教えて下さいました」
\(\quad \vdots \)

 博士が「かたゆつなえ」という。これは江夏豊(えなつゆたか)の逆さまだ。
博士の不思議な才能, 言葉を瞬時に逆さまにできる, かなり長い言葉も, ギネスブック級です。
 博士の書斎の本棚を整理している, 下の段で数学書の本に潰されそうなクッキー缶をみつけた。
野球カードが100枚以上, 1分の隙間なくびっしりカードでつまっている。
全部クリアケースに収められ, "投手", "セカンド", "レフト"等…の見出しで仕切られ, 図書館司書による分類以上 にきちんと整理されている。
ただ一人, 江夏だけは特別, 彼だけは"ポジション"ではなくて, "江夏豊"の厚紙で仕切られている。
同じ江夏でも様々なバリエーションのカードがあり, 痩せた精悍な姿のカードであり, ユニホームは全て阪神の縦縞だった。
1967年, 高校からドラフト1位で阪神に入団, 翌年401奪三振の世界記録樹立。
1971年, 9者連続三振。
1973年, ノーヒットノーラン。
不世出の天才左腕。
"キャッチャーミットをにらむ", "投げ込もうとしている時" などの写真…すべての背番号は完全数の28である。
 さらにほこりだらけの30冊ほどの大学ノートの束があった, 家政婦が恥ずべき行為を承知でノートをめくってしまった。
そこには\(\small{\sqrt{  }}\), \(\small{\sum{ }}\) 等の記号と数式らしきが散らばり, 所々乱雑に塗りつぶされていたり, 博士がいつか話していたアルティン予想の証明?が書いてるのだろうか, 博士の得意な素数の論文の下書きなのか, 学長賞No384を受賞した論文なのか…私は自分なりに多くを感じた。
 総括すればそれらは博士の脳裏を映した…美しい数式があふれでていた。
鉛筆のかすれた跡からは情熱を, ばつ印には焦りを, 強く引かれた二本の下線からは確信を, あふれ出る数式は世界の果てに導かれるようだった。
 クッキー缶の野球カードを見てから考えたことは "一日中家に閉じこもっている博士", "博士と野球話をする息子" に実際の阪神の試合を見せてやりたくなった。
高齢な博士と息子の少年が球場でプロ野球試合を見る機会はさほど残されていない。
この地域に阪神が遠征にくるのは年に2回ほど, 6月2日に対広島戦だった。
給料日に 内野指定席のチケットを3枚 買った。
問題は どうしたら博士を外にだし, 球場にいくのか, 博士の知っているタイガースの選手が出場していない。
…悩んで, ルートにも相談した…
幸い博士は数学のことばかり, たまに外の庭を見る他, 外界に興味がない。
テレビはおろか新聞も, ルートが博士にせがんで修理したラジオも聞いていない。
当日, 天気が良く, バスを乗る80分前に野球観戦を持ち出した。
ルートの「ねぇ行こうよ, 博士と一緒のほうが楽しいよ!」…これが決めて博士は承諾した。
江夏の件は 江夏はおととい巨人戦に先発して今日はベンチ入りと説明しておいた。
後になって球場での特徴的なこと思い出すと:
博士は 野球由来のデータと数学を絡めた話をはじめた。
「ダイヤモンドは1辺が27.4mの正方形」
自分とルートのベンチの番号が7-14と7-15に気づくと:
714はベーブルースが1935年での通算ホームランの記録, 1974年ハンクアーロンがこの記録を破ったホームラン数の715本」
「714と715の積は, 最初の7つの素数の積に等しいんだ」
\(\small{714\x 715}\)\(\small{=2\x 3\x 5\x 7\x}\)\(\small{11\x 13\x 17=510510}\)
「714の素因数の和と, 715の素因数の和は等しいんだ」
 (素因数とは自然数の約数になる素数のこと)

\(\small{\color{red}{714}=2\x 3\x 7\x 17}\)

\(\small{\color{red}{715}=5\x 11\x 13}\)

\(\small{2+ 3+ 7+ 17}\)\(\small{=5+ 11+ 13=29}\)

「この珍しいペアのことをルース=アーロン・ペアという」
(野球選手の名前が由来の数だ!)
「最小は(5, 6)だ, 次に(15, 16), (77, 78)…だが無限に存在するかどうかの証明は大変だぞ!」
未解決問題だ!, その後も博士は野球のデータについて話を続けた。

「うん, 分かった。ねぇ, 新庄がでているよ」とルートは上機嫌である。
「マウンドの高さは10インチ, ホームに向かって6フィートの位置まで1フィートごとに1インチ下がっている」
広島打線が1番~7番まで左打者が続くので:
 「左対右の打率データは0.2568, 右対右は0.2649」
広島の西田に盗塁を決められた、皆が舌打ちしているとき:
 「投手がモーションを始動してボールを放すまで0.8秒, ボールが捕手に届くまで…今のはカーブだから0.6秒。ここまで1.4秒, 走者が走る距離は, 走者のリードを差し引いて24m, 打者の50m走……よって走者を刺すための捕手が残された時間は1.9秒である。」
幸いにも私たちの左側のグループは終始, 賢明で 博士の会話 に無関心を貫いてくれた。
右にいたおじさんは雰囲気を和ませくれた。
「下手な解説者よりよっぽど年季が入ってるね!」
「ついでに阪神の優勝マジックも計算してくれよ」
………
博士はまこと, 野球に詳しく, よく知っていた。
試合は6対1で阪神が勝った。
試合は終わり博士の離れについたのは10時近くだった。
博士は着替えてベットへ潜り込んだ。 「今日はありがとう…とても楽しかったよ」
と目を閉じる前に言った。
「そうだ何もかもルートのおかげだ…早く帰って寝なさい, 明日も学校だろ?」
ルートの答えを聞く前に博士は目を閉じた。

博士の唇がひび割れ, いつの間にか髪の生え際に汗がたまっていた。私は額に手をあてた。
「まあ, 大変」博士は熱をだしている 相当な熱だった。
予想通り, 診察券も含め看護に必要なものは何もなかった, 義姉の母屋の明かりはあったが, 義姉からは離れのトラブルは母屋には持ち込まないこと …との約束があった。
ビニール袋に氷を入れて……ルートが熱を出したときと同じ方法で対処した。
冬用の毛布を掛け, 水分補給のお茶を用意し また, ルートは書斎のソファに寝かせた。
博士は眠りに落ちている様子、氷を取り換える時も, 汗を拭いている時も一度も覚まさず, 従順に身を任せていた。
博士のいびき, 毛布の衣擦れ, 氷の解ける気配, ルートの寝言, ソファーの軋み。二人の発する音たちが, 発熱のアクシデントを忘れさせ、私を安堵させ眠りに導いてくれた。
 次の朝, ルートはアパートへ寄って学校へいった。
博士は相変らず眠りは深く, 目を覚ます気配はなかったが、お昼ごろ台所にいると, 書斎で物音がした。
「起きたりしてはいけません。…安静にしていないと」
「さあ, 新しい下着に着替えましょう, …リンゴジュースでも持ってきましょう」
 覗き込む私の肩を, 博士は押し戻し, 顔を背けた。
初歩的なミスをしたことに気づいた。博士は昨日のこと, 私のことも忘れている。
やがてすすり泣きが聞こえてきた。彼は上着の目立つ位置にあるメモを読んでいる。
"私の記憶は80分しかもたない"
毎朝, 目が覚めると かかっている病を自らのメモにより宣告される。さっき見た夢は昨夜じゃなく遠い昔のことに気づかされる。
毎日, ベットの上で, 彼がこんな残酷な宣言を受けていたことを, 私は一度も思いを馳せたことはなかった。
「私は家政婦です」
「夕方には息子もやってきます, 顔の形が平らだからルートと博士が名付けてくれました」
博士は潤んだ瞳になった。
それからはいつもの挨拶(誕生日問答, 友愛数220-284)をして博士は受け入れてくれた。
熱は3日続き、4日目の朝, 熱が下がった以降は順調に回復した。
数学雑誌の懸賞問題にも再開, 考えている時, 私が邪魔したと不機嫌になり, 夕方ルートを出迎えて抱擁し, 算数のドリルを解き, ルートの頭を撫でるなど, いつもの状態にもどった。

 博士が元気になり家政婦の組合長から呼び出しを受けた。
「まず君ね」「クレームだよ」「先生の部屋に泊まったんだって」
「誰からのクレームですか」博士か義姉のどちらかである。
「下品な勘繰り, 不愉快です」「博士が病気, 熱を出されて, そのままにしておけず, ルールを無視しました。しかしその時しなければならない当然の義務を果たしたと思っています」
クレームは依頼人の義姉であった。あの時の母屋の明かり…覗いていたのか。
「先方には君を監視する権利はあるよ」, 「君には担当を外れてもらう」
こうして私は博士の家政婦を首になった

 今度の雇主は税理士事務所経営者の自宅と事務所の区別ない仕事だった。奥さんは意地が悪かった。
私は家政婦としていつも通り仕事をした, 違うのは博士を見習いエプロンのポケットにメモと鉛筆を忍ばせていた。
ルートから「何故, 博士の家に行かないのか」→「事情が変わったの, 込み入った事情よ」て返事した。
仕事をしていると様々な素数と出会い, 気になってしまうのである。
博士の言っていたことを思い出す。

「実生活に役に立たないからこそ, 数学の秩序が美しい」
「数学の未解決問題が解明されても今すぐに生活が楽に, また金儲けにはならない。しかしその発見が現実に応用されるこ とはある。 楕円の研究は惑星の軌道に, 非ユークリッド幾何はアインシュタインによって宇宙の形を提示した, 素数でさえ 暗号の基本なり戦争の片棒をかついだ …醜いことだ。しかしそれが数学の目的ではない, 真実を見出すことのみが目的なのだ」

あるとき買い物から弁理士宅に帰ると, 家政婦組合から電話があり「今すぐ博士の家に行って, 息子さんが厄介なことになっているから」
弁理士から嫌味をあびせられる中, 博士の家に急いだ。

 博士の家に行くと, 博士とルートの他に義姉と新家政婦がいた。
暫くしてルートは「図書館で借りた『ルー・ゲーリック物語』を一緒に読もうと思ったんだ』とようやく話した。
義姉は "博士と私, ルートの関係" を誤解したままで脱却できずにいた。
「なぜ辞めた家政婦の息子がここにいるのか」「あなたは何か企みがあって子供をここに送り込んでいるのでは…」 →「息子が楽しい気分でいてくれること以外の望みはありません」
「それともお金ですか」→「聞捨てなりません, しかも子供の前で」
新家政婦が定時間で帰った。
「あなたは見込み違いしてませんか, 義弟には財産はありません, すべて数学に注ぎ込んでいます…」
「義弟には友人はいません, 今まで一度も訪問はありません」→「ならば, 私とルートが初めての友達です」
\(\quad \vdots \)
 不意に博士が立ち上がった。
「いかん。子供をいじめてはいかん」
そしてメモ用紙に何やら書き付け, それを食卓の真ん中の置き、毅然とした態度で部屋から出ていった。
そこには怒りも混乱もなく, ただ静寂だけが彼を包んでいた。
残された3人は黙ってメモをみつめてじっとして動かなかった。
そこにはたった一行, 数式が書かれていた。

 《\(\ e^{i \phi }+1=0\ \)》

「世界で一番美しい数式」と言われている式です。
もう誰も余計なことは言わなかった。 義姉の瞳から少しずつ動揺や冷淡さや疑いが消えてゆくのが分かった。数式の美しさを正しく理解している人の目だと分かった。
\( \quad \vdots\)

 ほどなく家政婦組合から, 博士宅に復帰する旨の通達があった。理由は定かでない, 私にかけられた理不尽な誤解が解けたのか確かめるすべがなかった。
再スタートは7月7日, 七夕の日だった。 玄関での博士は「出生時の体重はいくらかね」→「3217グラムです」(ルートの体重)
玄関での数字問答は相変らずだったが, 体重の質問は新手の質問だった。
「2の3217乗の引く1はメルセヌ素数となる」
これで今までと同じ家政婦の仕事にもどった。

 私は博士がメモに書いた数式を調べるために図書館に通った。
博士に聞けば教えてくれるだろうが, 一人でじっくり向き合いたかった。
この数式が書いてある本を探すの容易ではなかったが「フェルマーの最終定理」が書いている本があった。
博士から定理の名前だけは聞いていた。

 

その本の第3章に博士の書いた数式を見つけた。それはオイラーの等式であった。
《\( e^{i \pi }+1=0\)》

円周率:\(\pi=3.14 \cdots\),  ネイピア数:\(e=2.71 \cdots\)
\(\pi, e\)は循環しな無限小数
虚数とは2乗すると-1となる数 \(i\x i=i^2=-1\)
虚数単位: \(i=\sqrt{-1}\)
0:長い間"0"は数ではなかった, "0"の発見は6世紀である。
\(\pi=\)は円周率,  \(i\)は博士から教わった"虚数/空想の,  恥ずかしやの数"。
ネイピア数\(e\) を調べると\(e\)は次の式を展開すれば求まる:
\( e=\displaystyle \lim_{ n \to \pm \infty} \left ( 1+ \frac{1}{n} \right )^n\)
\(\quad =1+\frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\cdots\)\(=2.71828\cdots\)
nが無限大\(\infty\)だから, 無限級数と呼ばれている。
" \(\pi,\ e\)… 果ての果てまで無限に続く数" と " \(i\)…決して正体を見せない虚 (うつ)ろな数"
それらが組合わせあって \(\ul{ e^{i \pi } }\) となり, 簡単な軌跡を描き 一点に着地する。
そして一人の人間が "1" だけ足し算をした途端, どんな小さな端数もなく, マジックのように すべてが "0" に抱き留められる。
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 あの時, この一つの式を書き残すだけで博士は私と義姉との言い争いを収めてしまった。
なぜあの時に博士がこの式を書いたのか…彼が心配したのはルートである, "ルートは自分のせいで母達が争っている" と思っていないか。彼は自分ができる唯一の方法でルートを救い出した。
今思うと, 博士が幼いものに向ける愛情の純粋さには言葉を失う。

  7月になり梅雨が明け夏休みになるとルートは朝, 私と一緒に博士の離れに来るようになった。
8月には ルートは4泊5日のキャンプにでかけた。
夕方前, いつの間にか雲が厚み帯びて「あっ, 雷」と, たちまち雨が降り始めた。
\(\quad \vdots \)
「ルートがキャンプしているんです。 ルートが心配です」
「ルートがいないと心の中が 空っぽになったような気分です」

「空っぽとは, つまり0 を意味するのか, 君の中には0 が存在することになる」
「0 を発見した人間を偉大だと思わないか」
「0 は人類のはじめからあったわけではない, 我々は人類の進歩の偉大さに感謝すべきだ。いくら感謝してもしすぎることはない」
「古代ギリシアの数学者は何もないものを数える必要はない, ないんだから数字で書き表すのも不可能だ」 「このもっともな論理をひっくり返して, 無を数字で表現したのが偉大なインド人の数学者だ」
「38と308が区別できるのは0 のおかげ」
「物差しを考えよう!」
「1ミリの刻みが, さらに 5センチごとの大きな目盛りがある, その目盛りの一番左は?」→「0 です」
「0 がない物差しなんか考えられないはず, 今, 心置きなく物差しが使えるのも0 のおかげだね」
「0 の驚異は記号や基準だけでなく, 正真正銘の数である。最小の自然数1 より, 1 だけ小さい数…それが0 だ。 0が登場しても、計算規則は乱されない。さらに矛盾のなさが協調され, 秩序は強固になる」
「\(\small{1-1=0}\) 美しいと思わないかい?」
\(\quad \vdots \)

予定通に ルートは帰ってきた。お土産は木製の眠りウサギの置物, 博士はそれを机の上に飾った。

 博士とルート, 私が この博士の離れで過ごせる日はそれほど長くなかった。
夏休みが終わり, ルートの新学期が始まってすぐ、数学専門誌の"Journal of Mathematics" から懸賞問題1等賞 の知らせが届いた。
案の定, 博士は喜ばなかった。
「発行以来の最高額の懸賞金ですよ」→「はあ…」
「僕がやったのは神様の手帳をのぞき見して, ちょっとそれを書き写しただけだよ」
「お祝いしましょう, あっ!, ルートの誕生日祝いも一緒にやりましょう」
ルートの誕生日の9月11日(金)にお祝いの日に決定した。
博士へのプレゼントにはルートと相談して"江夏野球カード"にした, しかし今, 江夏の野球カードは売っていない。もちろんタイガースのユニホームを着た江夏の写真だ。
入手には大変苦労した…最終的に家政婦仲間の母親がやっていた雑貨店の納屋にお菓子のおまけだった野球カードらしきもんがあるとのことだった。
それがまさに探していたカード, 江夏のグローブの切れ端が埋め込まれた1985年限定のプレミアムカードだった。

 誕生日会ではケーキの蝋燭を消して, 灯りがつくと, 博士はルートにグローブのプレゼントを渡した。
ルートは博士に抱きついて大喜びしたが, 博士はどうしていいのか分からず, もじもじしていた。
次に博士がルートからプレゼントのカード受け取り, そのカード見つめ何か言おうとして顔を上げるが…
ただ唇を震わせだけで何も語らず, それがルート自身あるいは素数であるかのように, いとおしくカードを胸に抱きよせた。

 突然だった, パーティーが終わった翌々日に博士は専門の医療施設に入ってしまった。
義姉から連絡があり「前々から施設に申し込み、空きを待っていたのです」
「あなたもお気づきでしょう, 義弟の80分のテープ(記憶)は壊れてしまっています…」
「私は付き添っています, 義弟はあなたを覚えることは一生ありません。けれど私のことは忘れません」
\(\quad \vdots \)
 私とルートは1か月か2か月に一度, サンドイッチのバスケットを持って博士に会いに行った。
ルートは博士からプレゼントされたグローブ持参した。
義姉が付き添うこともしばしあった。
これは博士が死ぬまで何年も続いた。ルートは中学、高校, 大学に進み, 怪我するまで野球を続けた。
博士のシンボルはクリップされたメモではなく, 今は首からぶり下がる江夏の野球カードだった。
最後の訪問になったのはルートが22歳を迎えた秋だった。

「2以外の素数は2種類に分かれる, 知っているかい」
「自然数n とし, \(4n+1\) か \(4n-1\) のどれかだ」
「例えば \(\small{13=4\x3+1}\) と \(\small{19=4\x5-1}\)だ」
「さらに前者は二つの2乗の和となる」
「例えば \(\small{13=2^2+3^2}\) だね」
\(\quad \quad \vdots \)
「ルートは中学の教員採用試験に合格したんです。来春には数学の先生です」と博士に報告した。
博士は身を乗り出して、ルートを抱きしめた, 持ち上げた腕は弱々しく, 震えてもいた。
ルートはその腕をとり, 博士の肩を抱きしめた, 胸で江夏のカードが揺れていた。

1993年6月24日の新聞に:
「プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズ(イギリス人)によりフェルマーの最終定理が証明された。
この定理は17世紀にフランスの法学者のフェルマーが提唱した定理。
下式のn が3 以上の自然数に対して
\(x^n+y^n=z^n\)
となる自然数の組(\(x, y, z\))は存在しない。
長年, 未解決であった問題がワイルズにより解決した, そこには日本人数学者が大いに貢献した」 とあった。
…《完》…

最後に以下を記します:(この記事の作者から)
 "フェルマーの最終定理"の名前自身に違和感があるが, さておき, この式は一見, 簡単そうな式の証明, が, 誰が取り組んでも証明できず, 偉大な数学者オイラーも含め, 3世紀に渡り多くの数学者を悩ましてきた定理の証明。
日本の数学者が発表した「志村・谷山予想」が大きな起点となり, その後急速に研究が進み, 最終的にワイルズが証明して終止符が打たれた。
この予想は1955年9月, 日本で行われた戦後初の数学の国際会議において谷山 豊 が提出した書類に書かれていた。その後, 谷山は自ら命を絶ってしまい, 志村がその研究を続け「志村・谷山予想」を完成させた。
この予想は「20世紀の数学の快挙の一つ」と言われている。
以上

  

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[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした