楽しく学ぶ…熱力学
カルノーサイクル序論
ここから熱力学が拓かれた。
カルノーサイクル 21年間埋もれた理論をトムソン(ケルビン)が掘り起こし, クラウジウスが精緻な理論に昇華させた。
ワットの蒸気機関はニューコメンの機械(効率1%以下)を改良したものであった。しかし, 4倍程度の改善で, 依然として低かった。
それでも様々な機器に使われた。イギリスは石炭が安かったためである。サディ・カルノーのいたフランスでは石炭価格は3倍で, 技術者は最初から効率を追求した。
1824年28才の時に「火の発動力およびその発動力を生み出すのに適した機械についての考察」を自費出版した。発動力とは熱機関の産み出す仕事のことである。熱機関の改良を偶然に頼る当時の風潮を改めようとした。熱力学が産声をあげた瞬間である。
2つの熱源の間で働く, 所謂カルノーサイクル機関を詳細に解析し, 今も通用する原理を発見した。更にカルノーは独創性を発揮。燃料をシリンダーの中で燃焼させる, 現代の内燃機関を提案している。内燃機関は1893年にルドルフ・ディーゼルによって実現した。熱素説に疑問を抱きつつ36才の若さで世を去った。
サディ・カルノーは論文「火の発動力についての考察」で以下を示した。
(1) 低温の場所が無ければ熱は役に立たない。
(2) 熱機関の効率は高温熱源と低温熱源の温度差で決まる。
(3) 全ての可逆熱機関の効率は同じである。
当時, 熱は質量ゼロの微小粒子, 熱素(カロリック)による作用である, という熱素説全盛であった。
熱素同士は反発し合い, そのため熱は, 熱素の多い高温の物体から, 熱素の少ない低温の物体に広がり温度差が無くなると信じられていた。
またエネルギーの概念が確立しておらず, 様々な形態のエネルギーなどは考えの及ばない時代であった。
そのような背景であっても, 鋭い観察眼, 綿密な思考実験によって得られた結果は, ケルビン(トムソン), クラウジウスの知性を引き付け, 現代熱力学への道を拓いた。クレマンという師に恵まれたことも幸いした。
カルノーサイクル動作原理 低温の場所が無ければ熱は役に立たない!
ここでは原理を述べる。実際の計算は
理想気体のカルノーサイクルで行う。以下の解釈はクラウジウスによるものである。
\(A\to B\):等温膨張。熱機関が外界に対して仕事をする部分である。
状態\(~A~\)(\(T_H;p_A,V_A\))では, 高温熱源と同じ温度\(~T_H~\)に熱せられた空気が, 狭い体積\(~V_A~\)に閉じ込められている。ピストンは押さえを外せば飛び出してしまう状態にある。
押さえを僅かに緩めると空気が膨張して温度が下がる。そこへ高温熱源から熱\(~\varDelta Q~\)が流れ込んで温度を\(~T_H~\)に戻す。この時外界に対して\(~\varDelta W~\)の仕事をする。これを繰り返して状態\(~B~\)(\(T_H;p_B,V_B\))まで膨張させる。シリンダーに流れ込んだ熱の総量を\(~Q_H~\), 仕事の総量を\(~W_H~\)とすると, 明らかに\(~Q_H=W_H~\)である。
この等温膨張過程が
最大仕事\(~W_{max}~\)を実現する。
\(B\to C\):断熱膨張。シリンダー内の空気を冷却するのが目的である。膨張による仕事が目的ではない。現代のガスタービンは断熱膨張が仕事をする。
無限に長いシリンダーを用いて等温膨張を続ければ, 効率が100%の熱機関が実現する。
しかしこれでは役に立たない。ピストンを元の位置に戻す, 循環(サイクル)動作が必要である。
ピストンを押し戻す, すなわち空気を圧縮する時は, 温度が低いほど反発力が小さく, 圧縮の労力が少なくて済む。
シリンダー内の空気を冷却する最良の方法は, 空気を断熱膨張させることである。
(サイクル)動作のためだけならば低温熱源で冷やしても良いが, 複雑な装置が必要になる上に, 熱を捨てるだけ, つまり熱の無駄遣いなので, 除外して良い。
\(C\to D\):等温圧縮。シリンダー内の空気を圧縮して, ピストンを元の位置に戻す行程である。
これで空気が冷えてはるかに圧縮しやすくなった。\(A\to B~\)で生み出された仕事\(~W_H~\)の一部\(~W_L~\)を使って圧縮する。
ただし, 空気を圧縮すると温度が上がるので, 低温熱源へ熱\(~Q_L~\)を捨てて温度を下げる。この時必要な仕事は, 等温圧縮の場合が最小である。
この段階で明らかであるが, 外界に対して最大の仕事を行い, 最小の仕事でピストンを元の位置に戻せば最大効率が得られるだろう。
空気は熱ければ熱いほど力強く膨張し, 仕事\(~p\varDelta V~\)は大きくなり, 空気の温度が低ければ低いほど圧力が低下し, 簡単に圧縮できる。
\(D\to A\):断熱圧縮。シリンダー内の空気を急激に圧縮して, 温度を\(~T_H~\)に上げる。
圧縮には仕事が必要であるが, 断熱膨張で, 系が外界にする仕事と同じである。これでスタート同じ状態になった。高温の空気が膨張して再びピストンを押し出す準備が整った。
1サイクルを見渡せば, 等温膨張で最大の仕事をして, 元に戻す等温圧縮は最小の仕事である。カルノー機関の熱効率が最大になるだろうことは容易に想像される。
カルノーの慧眼 もう, 熱力学は要らないとは言わせない。
1847年, ジュールが, 有名な羽根車を回す実験をもとに「熱素は存在しない」と唱えた。
16歳で「ケンブリッジ数学ジャーナル」へ論文を投稿し, 教授連を唸らせたケルビン(トムソン)でさえも, ジュール説には悩んだ。それほど熱素説は牢固として抜き難たかった。
サディ・カルノーは数学者でもあった父ラザール・カルノーの著書「機械一般に関する試論」の記事に強い影響を受けていた。
摩擦も何もない理想的な水車を考える。そこでは水の「押す力」が全て回転運動に変換される。高所の水が回転運動を引き起こし, 低所へ「全て」流れ去る。
当時, ワットの蒸気機関の原理は次の様に考えられていた。
石炭から取り出された(消滅しない)熱素流体が水蒸気へ取り込まれる → 水蒸気の温度と圧力が上がる → ピストンが動かされる → 冷却器の中で水蒸気から熱素が取り除かれる → 水蒸気の温度と圧力が下がる → ピストンは元の位置に戻る。熱機関に取り込まれた熱素は「全て」排出される。
ここからどの教科書にも書いてあるカルノーサイクル, 可逆熱機関を編み出し, 現代に連なる諸原理を発見した。
現代の我々から見れば, これだけ誤った先入観を植え付けられれば, 見えるものも見えなくなる。泥沼の中から一輪の蓮の花を探し出すようなものである。
また, カルノーの理論はどこか腑に落ちないと思いつつも, このカルノーサイクルから絶対温度を見出したケルビン(トムソン)の発想, エントロピーを紡ぎ出したクラウジウスの叡智の輝きにも驚く。
1824年, 600部の「火の発動力, およびその発動力を生み出すのに適した機械についての考察」が自費出版された。カルノー28才, 精神病院で生涯を閉じる8年前のことだった。
奇しくもこの年, トムソン(ケルビン)が誕生した。誰にも顧みられなかったこの冊子は, 21才のトムソン(ケルビン)によって陽が当てられ, クラウジウスによって精緻な理論へと導かれた。誰が書いたかと同じくらい, 誰が読んだかが重要である。
「ボイル, シャルル以来少しづつ, 熱の不思議が解明されてきた。熱力学は多くの, しかし全体からみれば, 余りにも少ない天才たちによって作り上げられた, まさに偉業である。」
こうして生まれた熱力学は, この後, ジョサイア・ウィラード・ギブスを経て熱機関を離れ, 森羅万象すべてを記述する熱力学へと発展した。
1865年は人類のステップでも特筆すべき年であった。クラウジウスの「チューリッヒ宣言」(筆者の造語です)が為され, 電磁気学の集大成「電磁場の動力学」がマックスウエルによって出版された。
現象論, すなわち, ミクロに分からないことは分からないと諦めて(諦観して), 五感に感じられるマクロの事象に宇宙の真理を見出そうとする, 熱力学と電磁気学が華開いた年であった。
そして, この2大現象論は, その後の量子力学, 相対論の登場を以てしても微動だにせず, 今も輝き続けている。
もう, 熱力学は要らないとは言わせない!