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湘南理工学舎
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202/03/20

 楽しく学ぶ…解析力学

 ポアッソン括弧 (1) 括弧式の性質

ポアッソンはラグランジュが絶賛した正準形式には関心を示さなかった。しかし括弧式は量子力学必須のツールとなった。
ポアッソン括弧 現代では「リー環」と呼ばれる代数構造が分かっている。ポアッソンは何に注目したのだろうか?
 ポアッソンは摂動関数\(~\Omega~\)を含むラグランジュの運動方程式を解く過程で, \[\frac{dq_i}{dt}=-\dd{\Omega}{\dot{q_i}},\quad \frac{\dot{q_i}}{dt}=\dd{\Omega}{q} \] という正準形式の方程式を得ていた。しかしポアッソン自身はこの方程式をさほど重要とは考えず, 注目したのは括弧式であった。

ポアッソン括弧 量子力学で「交換子」と名前を代えて登場する。
 系の状態が決まれば値が決まるような関数のことを物理量(\(observable\))と呼ぶ。物体の位置や運動量や運動エネルギーや角運動量は物理量である。
位相空間の点\(~(q,p)~\)は力学系の状態を一意的に指定している。つまりこの系の全ての物理量は\(~q,p~\)の関数として表現され, 例えば運動エネルギーならば\(~K(q,p)=p^2/2m~\)である。 ハミルトニアン\(~\displaystyle H(q,p)=\sum_i p_i\dot{q_i}-L(q,\dot{q})~\)も物理量の一種である。
 系の状態が時間変化すれば, それに伴って物理量の値\(~A(q(t),p(t))~\)も変化する。そこでこの時間微分をとると, \[\begin{align} \frac{dA}{dt}&=\dd{A}{q}\dot{q}+\dd{A}{p}\dot{p} \\ &=\dd{A}{q}\dd{H}{p}-\dd{A}{p}\dd{H}{q} \tag{1} \end{align} \] 1行目から2行目ではハミルトンの正準方程式 \[\dot{q}=\dd{H}{p},\quad \dot{p}=-\dd{H}{q} \] を用いた。(1)式右辺は正準形式の賜物で対称性の高い式となっている。そこで \[\{A,H\}\equiv\dd{A}{q}\dd{H}{p}-\dd{A}{p}\dd{H}{q} \] と書き, \(\{A,H\}~\)を\(~A~\)と\(~H~\)のポアッソン括弧\(~(Poisson Bracket)~\)と呼ぶ。物理量\(~A~\)に一般化座標\(~q~\), および一般化運動量\(~p~\)を適用した場合, \[\dot{q}=\{q,H\},\quad \dot{p}=\{p,H\} \] と正準方程式を表現出来る。ここまでは新しいことは何もない。
 ポアッソン括弧はただ形式を整えて式を簡素化しただけの様に見えるが, このあと不可思議な関係が続々出てくる。

時間発展
 \(A~\)が時間\(~t~\)を顕わに含まない場合は, (1)式で\(~dt~\)を払って両辺を積分すれば \[\int_{A_1}^{A_2}dA=\int_{t_1}^{t_2}\{A,H\}dt \] より, \(A~\)の時間経過(時間発展)を知ることが出来る。
 ここでポアッソン括弧\(~\{A,H\}~\)を次のように書いてみよう。 \[\begin{align} \{A,H\}&=\dd{A}{q}\dd{H}{p}-\dd{A}{p}\dd{H}{q} \\ &=\left(\dd{H}{p}\dd{}{q}-\dd{H}{q}\dd{}{p}\right)A \end{align} \]  運動は位相空間内の「移動」と考えることが出来る。 \[\left(\dd{H}{p}\dd{}{q}-\dd{H}{q}\dd{}{p}\right) \] はその「移動」つまり時間発展を記述する演算子と言える。
 これを「ポアッソン括弧にハミルトニアンを当てはめることで物理量\(~A~\)の時間発展を記述することが出来る」という言い方をする。
ただし, 一般的には, 時間\(~t~\)に顕わに依存した関数\(~A(q,p,t)~\)も物理量とみなすことができる。このような関数の時間変化は \[\begin{align} \frac{dA}{dt}&=\left(\dd{A}{q}\dot{q}+\dd{A}{p}\dot{p}\right)+\dd{A}{t} \\ &=\{A,H\}+\dd{A}{t} \end{align} \] に従う。

ポアッソン括弧の性質  定義式通り計算すれば確認できるので, 証明は省略。量子力学で「交換子」として登場。
 反対称性: \[\{A,B\}=-\{B,A\}\]  双線形性:(\(a,b~\)を定数として) \[\begin{align} \{aA+bB,C\}&=a\{A,C\}+b\{B,C\} \\ \{A,bB+cC\}&=b\{A,B\}+c\{A,C\} \end{align} \]  ライプニッツ則: \[\begin{align} \{A,BC\}&=\{A,B\}C+B\{A,C\} \\ \{AB,c\}&=\{A,C\}B+A\{B,C\} \end{align} \]  ヤコビ恒等式:(自明ではないが, 結果だけ記載) \[\{A,\{B,C\}\}+\{B,\{C,A\}\}+\{C,\{A,B\}\}=0 \]  \(\{A,B\}=\{B,A\}~\)のとき, ポアソン括弧の意味で可換と言う。\(\{A,B\}=-\{B,A\}~\)だったから \[\{A,B\}=0\]  あるベクトル空間の2つの要素を別の要素に結びつける演算を積と呼ぶ。ポアソン括弧は積の一種である。
ポアソン括弧の持つ3つの性質(反対称性, 双線型性, ヤコビ恒等式)を持つ積が作り出す代数構造をリー代数またはリー環と呼ぶ。この代数構造はそのまま量子力学に引き継がれる。

余談:現代では代数構造を持つことが知られている括弧式であるが, ポアッソンが, 群, 環等の代数構造を予想していたとは思えない。最初の群論と言われるガロアの論文を, 意味が分からんと言って却下し, 天才青年の夢を打ち砕いたのは1831年ガロア19歳の時であった。

正準交換関係 何十年前のことだろうか。量子力学で突然出てきて面食らった記憶がよみがえる。
 \(~\{A,B\}~\)の\(~A,B~\)の代わりに正準共役な変数(正準形式を実現するための変数の組)\(~(q,p)~\)を入れてみよう。 \[\{q_j,p_k\}=\dd{q_j}{q_i}\dd{p_k}{p_i}-\dd{q_j}{p_i}\dd{p_k}{q_i} \tag{1}\] 一般座標と一般運動量は独立変数なので, 上式右辺第2項はゼロ。第1項の一般座標同士の微分と一般運動量同士の微分はそれぞれ \[\dd{q_j}{q_i}=\begin{cases} 1\;(i=j) \\ 0\;(i\neq j) \end{cases},\quad \dd{p_k}{p_i}=\begin{cases} 1\;(i=k) \\ 0\;(i\neq k) \end{cases} \] である。よって\(~i=1,\dots,n~\)のうち, 上記の微分が共にゼロにならないのは\(~i=j=k~\)のときだけである。従って, クロネッカーのデルタを使ってこれを表すと(1)式の右辺第1項は \[\dd{q_j}{q_i}\dd{p_k}{p_i}=\delta_{jk} \] となる(添え字\(~i~\)に対しては和を取っているので, \(1,\dots,n~\)までのいずれの値も取れることに注意)。よって \[\{q_j,p_k\}=\delta_{jk} \] が成り立つ。すなわち、正準共役な変数を入れた時にのみ1, それ以外は全てゼロとなる。
これを正準交換関係\(~(canonical\;commutation\;relation)~\) と呼ぶ。
 物理的内容は異なるが, 量子力学では「ポアッソン括弧」ではなく「交換子」を使い, 同じ用語「正準交換関係」を用いる。

角運動量の代数 力学の問題を微分積分ではなく, 代数の問題に帰着できる。
 軌道角運動量\(~\Vec L(L_1,L_2,L_3)=\bm{r}(x_1,x_2,x_3)\x \bm{p}(p_1,p_2,p_3)~\)は \[\left\{ \begin{array}{l} L_1&=x_2p_3-x_3p_2 \\ L_2&=x_3p_1-x_1p_3 \\ L_3&=x_1p_2-x_2p_1 \end{array} \right.\] であるが, これらの間のポアッソン括弧は, (定義に従って微分を実行する代わりに)以下のように求めることも出来る。 \[\begin{align} \{L_1,L_2\}&=\{x_2p_3-x_3p_2,x_3p_1-x_1p_3\} \\ &=x_2\{p_3,x_3\}p_1+x_1\{x_3,p_3\}p_2 \\ &=x_1p_2-x_2p_1=L_3 \end{align} \] 同様にして\(~\{L_2,L_3\}=L_1,\{L_3,L_1\}=L_2~\)が示される。これらは角運動量の代数と呼ばれ, 数学における「リー代数」の最も簡単な例になっている。


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[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!

 リー環などと言うと終わりのない世界のようにも思えてくる。解析力学なのだから解析学(微分積分)の学問と思うが, 代数学という言葉を聞くと何だかとてもカッコよく聞こえる。筆者だけだろうか?