楽しく学ぶ…熱力学
分子運動論の歴史・古典理論
分子運動論の元祖はダニエル・ベルヌーイ。1738年。熱力学成立の100年前のことである。
分子運動論 高校物理で\(~\displaystyle U=\frac{3}{2}nRT~\)と習ったが。
分子運動論の歴史 熱力学より古い。
1738年ベルヌーイ3兄弟の次男, ダニエル・ベルヌーイ\(~(Daniel\;Bernoulli~\)1700~1782年〉が「流体力学\(~Hydrodynamica~\)」において発表したのが最初とされる。気体は運動している多数の粒子からなり, 気体の圧力は, 壁との運動量の交換(力積)によって生じ, また衝突回数が多くなると圧力が高くなるとして圧力は体積と反比例するとした。現代の解釈とほぼ同じである。
しかしその後100年間, この論文の重要性に気づいた者はおらず, ドイツ語に翻訳されたのは1859年であった。
ジョン・ヘラパス\(~(John\;Herapath~\)1790~1868年)の時代は, 気体分子は平衡点の近傍で振動する粒子からなる弾性流体という考え方が支配的だった。1821年「熱, 気体, 重力などの原因, 法則, およびそれらの主要な現象についての数学的探求」において, 画期的な気体像, すなわち, 気体は互いに衝突しながら飛び回っている粒子の集まりだという仮説を立てた。
更に時は下って1845年, ジョン・ジェームズ・ウォーターストン\(~(John\;James\;Waterston~\)1811~1883年)は「気体の運動理論」において, 絶対温度は分子の平均速度の二乗に比例すると発表した。また, 定圧比熱と定積比熱の比を求めた。
しかしこの論文は無視され, 複写を取ることもできず, 提出先のロンドン王立協会の保存文庫で埋もれてしまう。
ウォーターストン存命中に, クラウジウス, マックスゥエル等の論文が次々と発表された。
1883年, ウォーターストンは失意の中で突然姿を消し, 遺体はついに見つからなかったという。
1891年この論文を見つけたレイリー卿は「熱の理論を10年から15年も遅らせた極めて残念なことだった」と述懐した。
ジェームス・ブレスコット・ジュールも(\(James\;Prescott\;Joule~\)1818~1889年)分子運動論に貢献している。\(\overline v_x^2=1/3\;\overline v^2~\)を用いて, 圧力は粒子の速度の二乗に比例する事を示した。また下記(2)式を用いて\(~15.6°\rm C~\)の水素分子の速さを\(~1897\;m/s~\)と算出した。これは今日知られている値とかなり近い。
ベルヌーイ, ヘラパス, ウォーターストンの考えは革新的であったが, 彼らはその当時は無名の学者であった。1856年に出版されたアウグスト・カール・クレーニヒ(\(~August\,Karl\,Krönig~\)1822~1879年)の「気体論の基礎」には目新しいことは無かったが, クレーニッヒはすでに著名であり, 熱の運動論も市民権を得つつあって, 多くの学者に支持された。
今日, 高校物理で取り上げられるのは\(~Joule\cdot Krönig~\)の理論である。
ただし「気体論の基礎」では, 壁との力積を\(~-mv_x~\)として2が抜けたり, 下記(2)式の分母の3が抜けたりと, 高校生のようなミスも目立つ。
ルドルフ・クラウジウス(\(Rudolf\;Julius\;Emmanuel\;Clausius~\)1822~1888年)はクレーニッヒの論文に触発され, 1857年「我々が熱と呼ぶ運動の性質について」で
分子は内部自由度を持つことに言及し, 1858年「気体の分離した分子によって記述される平均自由行程と熱の力学理論についての幾つかの注意」で画期的な
平均自由工程の概念を導入した。そしてジェームズ・クラーク・マックスゥエルの理論へと繋がってゆくことになる。
高校物理の復習
分子運動論はいくつかの手法があるが, 高校物理で習うのは\(~Joule\cdot Krönig~\)の理論である。
容積\(~\rm V=L^3[m^3]~\)の立方体の容器の中に, 質量\(~m[kg]~\)の気体分子が\(~N~\)個入っているものとする。
分子同士の衝突は考えず, 容器の壁と気体分子の衝突は完全弾性衝突であるとする。
今, \(x~\)軸と垂直な\(~\rm A~\)面に1個の分子\(~v(v_x,v_y,v_z)~\)が衝突して跳ね返る場合を考える。
この時の分子の運動量変化は, \(m(-v_x)-mv_x=-2mv_x~\)で, これは分子が\(~\rm A~\)面から受けた力積に等しい。
作用・反作用の法則により, \(\rm A~\)面は分子から同じ大きさの力積\(~(Impulse)~\) を反対向きに受けるので, これを\(~I_A~\)とすると,
\[I_A=2mv_x\tag{1} \]
である。
往復\(~\rm (2L)~\)ごとに1回\(~\rm A~\)面に衝突するので, 時間\(~t[s]~\)の間に分子が衝突する回数は, 移動距離\(~v_x\times t~\)を\(~\rm 2L~\)で割った\(~\displaystyle \frac{v_xt}{2\rm L}~\)回である。
時間\(~t[s]~\)の表現が, 単位時間(1秒)になったり, \(\varDelta t~\)になったりすることも多い。単位時間の場合は\(~t=1~\)とすれば良い。
\(\varDelta t~\)を撃力\(~(\simeq 10^{-12}[s])~\)で用いる場合は注意が必要である。入試問題では\(~t[s]~\)と, 単位時間\(~t=1[s]~\)が多い様である。
なを, 室温における\(~\rm N_2~\)分子の平均自由工程は\(~\rm 700 Å~\)程度であり, 反対側の壁に到達する前に隣の分子にぶつかってしまう。
さらに壁との完全弾性衝突ではエネルギーは失われず, 従って壁はいつまでも冷たいままである。
このようにおかしなことも多いが, 結果は正しいのが不思議である。
時間\(~t[s]~\)の間に1個の分子が\(~\rm A~\)面に及ぼす力積の大きさは
\[2mv_x\x \frac{v_xt}{2L}=\frac{mv_x^2t}{L} \]
となる。
1個の気体分子が\(~\rm A~\)面に及ぼす平均の力を\(~f~\)とし, \(~t[s]~\)間の力積を\(~ft~\)と表すと,
\[\begin{align}
ft&=\frac{mv_x^2t}{L} \\
f&=\frac{mv_x^2}{L}
\end{align} \]
と表される。
ここで注意することがある。今, 平均の力\(~f~\)と表現したが, 実際の衝突は極めて短時間\(~(\sim 10^{-12}sec)~\)であり, これを
撃力と呼ぶ。
従って, より現実の物理像に近づけるならば, 撃力を\(~f_i\;(impulsive force)~\)として
\[ft=f_i\;\varDelta t\x \frac{v_xt}{2L}=2mv_x\x \frac{v_xt}{2L}=\frac{mv_x^2t}{L} \]
とすべきである。
撃力については, すぐ後で触れる。
\(~N~\)個の分子の速度\(~v_x~\)はそれぞれ異なる。\(\overline v_x=0~\)なので, 2乗平均値を\(~\overline{v_x^2}~\)と表すと, \(\rm A~\)面が受ける力\(~F~\)は
\[F=N\x \frac{m\overline{v_x^2}}{L} \]
となる。ここで, \(v^2=v_x^2+v_y^2+v_z^2~\), より
\(\overline{v^2}=\overline{v_x^2}+\overline{v_y^2}+\overline{v_z^2}\)。
気体はどの方向にも同等に分布しているので,
\(~\overline{v_x^2}=\overline{v_y^2}=\overline{v_z^2}~\)
である。依って\(~\displaystyle \overline{v_x^2}=\frac{1}{3}\overline{v^2}~\)。
\(\rm A~\)面が受ける力\(~F~\)は,
\[F=\frac{Nm}{L}\cdot \frac{\overline{v^2}}{3}=\frac{Nm\overline{v^2}}{3L} \]
となる。圧力は単位面積当たりの力であるから,
\[p=\frac{F}{L^2}=\frac{Nm\overline{v^2}}{3L^3}=\frac{Nm\overline{v^2}}{3V}\tag{2} \]
(1)から(2)まではベルヌーイのアイデアである。この式と理想気体の状態方程式\(~\displaystyle pV=nRT=\frac{N}{N_A}RT~\)を比較して,
\[(pV=)\frac{Nm\overline{v^2}}{3}=\frac{N}{N_A}RT \]
これより, 分子1個の平均の運動エネルギーは
\[\frac{1}{2}m\overline{v^2}=\frac{3}{2}\cdot \frac{R}{N_A}\cdot T=\frac{3}{2}k_BT\tag{3} \]
と表される。\(k_B~\)はボルツマン定数と呼び, 分子1個当たりの気体定数である。
1\(~[\rm mol]~\)という単位は, 重量が扱いやすい g (グラム)になるという, 極めて人為的なもので, 小人国リリパットの住人や, 巨人国ブロブディングナグの住人は使わない。しかし\(~k_B~\)はアンドロメダ星人にとっても共通な宇宙の基本定数である。
\(n[\rm mol]~\)の気体の分子の運動エネルギー\(~U~\)は,
\[U=N\x \frac{3}{2}k_B T=\frac{3}{2}nRT\tag{4} \]
で, 気体の内部エネルギーは温度のみの関数である。\(\displaystyle \frac{3}{2}~\)の\(~3~\)は, 3次元空間の3, もう少し正確に言うと併進運動の自由度 = 3 であるのは導入過程より明らかであろう。
なを(4)式は
\[pV=\frac{2}{3}U \]
と書けるが, これは「ベルヌーイの関係式」と呼ばれている。ベルヌーイ3兄弟の長男ヤコブ・ベルヌーイである。
撃力の平均近似 \(Stefan\;Boltsman~\)の方法。結果は高校物理と変わらない。
高校物理の方法を, 具体的な数値で示してみよう。速さ\(~\rm 500ms^{-1}~\)の\(\rm N_2~\)分子が\(~50\rm cm~\)四方の立方体の中を飛び交っているとする。
壁の往復は\(~1m~\)だから, 衝突回数は1秒間に500回である。力を\(~f_i\;(impulsive force)~\)とすると, 力積は,
\[2mv_x=f_i\;\varDelta t\]
ここで衝突時間\(~\varDelta t~\)は\(~10^{-12}[s]~\)程度の極めて短い時間で, \(f_i\;(impulsive force)~\)を撃力と言う。
一方衝突と衝突の間隔は500分の1秒 = \(2\x 10^{-3}[s]~\)で, 衝突時間の\(~2\x 10^9~\)倍。つまり20億倍である。
衝突は殆んど無く, たまに忘れたように衝突する。\(t~\)秒間の平均の力を\(~\overline f~\)として
\[\overline f\x t[s]=f_i\x10^{-12}[s]\x 500\x t \]
となる。
図では撃力が連続して働いている様に見えるが, 実際は1回衝突すると20億倍秒後に2回目の衝突が起こる。
\(\varDelta t=1~\)秒とすると, 粒子が反対側の壁で反射して次に衝突するのは60年後である。このように, 衝突は殆んど起きない状況で, 平均に意味があるのだろうか?
あるのである。\(50\rm cm~\)四方の立方体には
\[N=6.02\x 10^{23}\x \frac{0.5^3\x m^3}{22.4\x 10^{-3}m^3}=3.4\x 10^{24}\]
個もの分子が存在する。特定の分子1個は500分の1秒に1回壁に衝突するが, その間に\(~10^{24}~\)個もの分子が次々と壁に衝突するのである。
さて, 高校物理を改良した\(Stefan\;Boltsman~\)の方法とはどのようなものだろうか?
\(N_2~\)分子の場合で, 大きさは大体\(~3.7Å~\), 各々の分子は平均で\(~700Å~\)位運動するごとに1回の衝突を受ける。衝突の時間は\(~10^{-12}[s]~\), 衝突と衝突の間の時間は\(~10^{-10}[s]~\)程度なので, 衝突時間の100倍の時間は等速直線運動をしている。20億倍ではないが, やはりたまにぶつかる程度である。
\(x~\)軸に垂直な壁に微小面積\(~dS~\)を取る。底面が\(~dS~\), \(x~\)軸からの高さが\(~v_xdt~\)の斜円柱を考え, この中の分子が\(~dt~\)時間に\(~dS~\)に衝突するとする。
\(N~\)個の分子が体積\(V~\)の中に一様に分布しているとすれば, その数は
\[N\frac{v_xdtdS}{V} \]
個である。1個の分子の衝突による \(~dS~\)面での力積\(~(Impulse)~\)は, \(I_{dS}=2mv_x \)だから, 総和は
\[2mv_x\x N\frac{v_xdtdS}{V} \]
であるが, \(v_x\lt 0~\)の分子は除外してよいから
\[I_{total}=mv_x\x N\frac{v_xdtdS}{V}\tag{5} \]
として良い。
\(~A~\)面付近の分子が\(~B~\)面に衝突するので, \(dt~\)として\(~10^{-10}[s]~\)程度を取る。\(\rm N_2\)
分子の速さを\(~500ms^{-1}~\)として, \(v_xdt=500\x 10^{-10}=50nm~\)。\(dS=50nm^2~\)とすると, この円柱の中には, \(6.02\x 10^{23}\x 50nm\x 50nm^2/(22.4\x 10^{-3}m^3)=6.7\x 10^4~\)個程度の分子が入っている。この分子が\(~10^{-10}[s]~\)の間に次々と壁に衝突するわけである。
すると衝突そのものは\(~10^{-12}[s]~\)の短時間であるが, \(10^{-10}[s]~\)の間には十分平均化していると考えてよい。よって\(dS~\)面に働く平均的な力を\(~F~\)として
\[F\cancel {dt}=mv_x\x N\frac{v_x\cancel {dt}dS}{V}\]
圧力は単位面積当たりの力であるから,
\[p=\frac{F}{dS}=\frac{N}{V}mv_x^2 \]
\(v^2=v_x^2+v_y^2+v_z^2~\)で, どの方向も同等であるから,
\[p=\frac{F}{dS}=\frac{N}{3V}mv^2 \]
となり, (2)式と同じ結果を得る。
衝突時間が等速直線運動の20億分の1の高校物理と, 精密に導いた\(Stefan\;Boltsman~\)の方法から同じ結果を得た。
\(10^{23}~\)個は少々荒っぽい理論でも包み込んでしまう!