楽しく学ぶ…熱力学
ギブスの自由エネルギー(4) 電池の熱力学
学生時代の授業, 教授の「熱力学は不思議でねぇ~!」が実感される。
化学ポテンシャル再考(最高!) 結局よく分からない化学ポテンシャルを電池の電圧から求める!
筆者は化学ポテンシャルを気化熱, 凝縮熱に置き換えてなんとか理解した。しかし化学ポテンシャルの神髄はそこにとどまらない。
濃淡電池 同一金属の電極, 水溶液の濃淡だけでも電池は出来る。
図は\(\rm NO_3^{-}~\)イオンのみを透過させる半透膜で仕切られた, 濃度の異なる\(~\rm AgNO_3~\)水溶液\(~\rm I,\;II~\)に\(~\rm Ag~\)の電極を差し込んだ濃淡電池である。以下は田崎春明熱力学\(~p210\sim~\)による。
水溶液中では\(~\rm AgNO_3~\)は完全にイオン化しているものとする。半透膜は\(~\rm NO_3^{-}~\)イオンのみが通過し, 電気的なバランスを保つようになっている。
右側の水溶液\(~\rm II~\)の方が濃度が低く, それだけ多く\(~\rm Ag~\)が溶出し, 電極にはより多くの電子が溜まる。ここで電極を繋げば電子が右から左へ移動する。(電流が左から右へ流れる.)
なお半透膜を\(~\rm NO_3^{-}~\)イオンが通過するが, 左側の方が\(~\rm NO_3^{-}~\)イオン濃度が高いので, 左から右へより多くのイオンが移動する。その結果, 半透膜の左側が相対的に正に帯電し, 右側が負に帯電した層ができ, 膜の両側には電位差(膜電位)が発生する。但し移動するイオンの量は微量で, 電極の電位には影響を与えない。
ギブスの自由エネルギー 自由エネルギーで発生電位が計算できる。
先ず電極を差し込む前の, 電池の構成材料がばらばらにある時のギブスの自由エネルギーを計算しよう。二つの水溶液は半透膜ではなく, 普通の壁で仕切られているとする。(こんな計算が何の役に立つのか?と最初は思った.)
図の様に電極の\(~\rm Ag~\)板の物質量を\(~\rm N_1,\;N_2~\), 水溶液\(~\rm I~\)中の\(~\rm Ag^{+}~\)イオン, \(~\rm NO_3^{-}~\)イオンの物質量を\(\rm N_3~\), \(\rm H_2O~\)の物質量を\(~N'_3~\)とする。同様に, 水溶液\(~\rm II~\)について\(~N_4,\;N'_4~\)とする。
左右の\(\rm Ag~\)板のギブスの自由エネルギーは夫々
\[G_1=N_1\mu_{Ag},\quad G_2=N_2\mu_{Ag} \]
である。\(\mu_{Ag}~\)正確には\(~\mu_{Ag}(T,p)~\)は, この温度と圧力における純銀の化学ポテンシャルである。
オイラーの関係式によって, 水溶液\(~\rm I,\;II~\)のギブスの自由エネルギーは夫々,
\[G_3=N_3\mu^{I}_{Ag^{+}}+N_3\mu^{I}_{NO_3^{-}}+N'_3\mu^{I}_{H_2O} \]
\[G_4=N_4\mu^{II}_{Ag^{+}}+N_4\mu^{II}_{NO_3^{-}}+N'_4\mu^{II}_{H_2O} \]
である。\(\mu^{I}_{Ag^{+}}~\)等の意味は明らかであろう。こうして構成材料だけを集めただけの, 系のギブスの自由エネルギーは,
\[\begin{align}
G^{(0)}&=G_1+G_2+G_3+G_4 \\
&=(N_1+N_2)\mu_{Ag}+N_3(\mu^{I}_{Ag^{+}}+\mu^{I}_{NO_3^{-}})+N_4(\mu^{II}_{Ag^{+}}+\mu^{II}_{NO_3^{-}})+G_{H_2O}
\end{align} \]
ここで\(~\rm H_2O~\)からの寄与を\(~G_{H_2O}~\)としてまとめた。\(G_{H_2O}~\)は相殺されることがすぐに分かる。
次に最初の図の様に, 水溶液の仕切りを半透膜にし, 電極を差し込み, 系が平衡に達した後のギブスの自由エネルギーを求める。
半透膜を介しての\(~\rm SO_3^{-}~\)イオンの移動や, 金属のイオン化によるギブスの自由エネルギーの変化を\(~\delta G~\)とすると,
\[G^{(1)}=G^{(0)}+\delta G \]
と書ける。一般にこの\(~\delta G~\)の算出は困難であるが, 次に示すように相殺されるので構わない。
ここで, 二つの電極が極めて大きな抵抗回路で繋がれていて, 無限にゆっくりと微小電荷\(~\varDelta q\gt 0~\)が移動する準静的な状況を考える。こうすれば, 電池内部では電流によるジュール熱の発生はないものとすることができる。もちろん電池内部の化学変化は起こるので, そのことに伴う反応熱は生ずる。
電子の移動の結果, 水溶液\(~\rm I~\)の電極(以下電極\(~\rm I~\))では電子が過剰になり\(~\rm Ag~\)が\(~\varDelta \xi\;(\rm mol)~\)だけ析出(増加)する。一方電極\(~\rm II~\)では電子が不足し, \(\rm Ag^{+}~\)となって更に溶解し, その分だけ電極\(~\rm II~\)の\(~\rm Ag~\)が\(~\varDelta \xi\;(\rm mol)~\)だけ減少する。つまり,
\[N_1\to N_1+\varDelta \xi,\quad N_2\to N_2-\varDelta \xi \]
のように変化する。
\(\rm Ag^{+}~\)イオンは半透膜を通らないので水溶液中の\(~\rm Ag^{+}~\)の物質量は, 水溶液\(~\rm I~\)では析出した\(~\varDelta \xi\;(\rm mol)~\)だけ減少し, 水溶液\(~\rm II~\)では溶出した\(~\varDelta \xi\;(\rm mol)~\)だけだけ増加する。
\[N_3\to N_3-\varDelta \xi,\quad N_4\to N_4+\varDelta \xi \]
結局, \(\delta q~\)の電荷が移動した後の, ギブスの自由エネルギーは,
\[\begin{align}
G^{(2)}=&\{(N_1+\varDelta \xi)+(N_2-\varDelta \xi)\}\mu_{Ag}+(N_3-\varDelta \xi)(\mu^I_{Ag^{+}}+\mu^I_{NO_3^{-}}) \\
&+(N_4+\varDelta \xi)(\mu^{II}_{Ag^{+}}+\mu^{II}_{NO_3^{-}})+G_{H_2O}+\delta G
\end{align} \]
と書ける。
等温, 定圧下で取り出し得る\(~pV~\)仕事以外の, 最大の仕事はギブスの自由エネルギーの差であるから,
\[\varDelta W_{max}=G^{(1)}-G^{(2)}=\varDelta \xi\{(\mu^{I}_{Ag^{+}}+\mu^{I}_{NO_3^{-}})-(\mu^{II}_{Ag^{+}}+\mu^{II}_{NO_3^{-}}) \}\tag{1} \]
\(pV~\)仕事は無く, 外界への仕事は\(~E\varDelta q~\)のみであると考えてよい。
移動した電荷量\(~\varDelta q~\)をクーロン\(~(\rm C)~\)で表すと, \(\varDelta q=F\varDelta \xi~\)だから, 電池の起電力\(~E~\)は,
\[E=\frac{\varDelta W_{max}}{\varDelta q}=\frac{\varDelta W_{max}}{F\varDelta \xi}
=\frac{(\mu^{I}_{Ag^{+}}+\mu^{I}_{NO_3^{-}})-(\mu^{II}_{Ag^{+}}+\mu^{II}_{NO_3^{-}})}{F}\tag{2}
\]
\(F=96485(\rm C/mol)~\)はファラデー定数である。
化学ポテンシャルは,
モル分率を用いて,
\[\mu_i(T,p,x_i)=\mu_i^0+RTlogx_i \]
と表せる。\(x_i~\)は成分\(~i~\)のモル分率, \(\mu_i^0~\)は成分\(~i~\)の標準状態(\(~\rm 25^{\circ}C~\), \(\rm 1~\)気圧)における化学ポテンシャルである。本来はモル分率の代わりに活量を用いるべきであるが, 活量係数\(~\gamma_i=1~\)とした。
稀薄溶液\(~N'_3\gg N_3,\;N'_4\gg N_4~\)の場合, 水溶液\(~\rm I,\;II~\)の\(\rm Ag^{+}~\)と\(~\rm NO_3^{-}~\)のモル分率,
\[x_I=N_3/(N'_3+2N_3)\simeq N_3/N'_3,\;x_{II}=N_4/(N'_4+2N_4)\simeq N_4/N'_4\]
を用いると,
\[\mu^{I}_{Ag^{+}}=\mu^{0}_{Ag^{+}}+RTlogx_I,\quad\mu^{I}_{NO_3^{-}}=\mu^{0}_{NO_3^{-}}+RTlogx_I \]
\[\mu^{II}_{Ag^{+}}=\mu^{0}_{Ag^{+}}+RTlogx_{II},\quad\mu^{II}_{NO_3^{-}}=\mu^{0}_{NO_3^{-}}+RTlogx_{II} \]
となるのでこれを(2)式に代入して, 電池の起電力
\[\begin{align}
E&=\frac{1}{F}(2RTlogx_I-2RTlogx_{II}) \\
&=\frac{2RT}{F}log\frac{x_I}{x_{II}} \tag{3}
\end{align} \]
を得る。\(\mu^0_{Ag^{+}},\;\mu^0_{NO_3^{-}}~\)は相殺されるので, 特に求められなくとも構わない。
\(x_I,\;x_{II}~\)を水溶液\(~\rm I,\;II~\) の濃度として\(~x_I/x_{II}=10~\)(10倍)の時
\[E_i=2\frac{RT}{F}log\frac{x_I}{x_{II}}=2\x \frac{8.314\x 298}{96485}\x 2.302=0.118=118[mV] \]
を得る。今時は, \(R~\)も\(~F~\)も
中学で習うらしい。\(logN~\)は数IIか?溶液濃度は小学生?
筆者は学生時代に化学ポテンシャルを全く理解できなかった。化学ポテンシャルを使うと, 中学生も知っている知識と組み合わせて電池の起電力を計算できる。しかも実測値と合う。これを不思議と言わずして何と言う?
電気化学ポテンシャル 便利ではあるが必ずしも必要では無い?
多相平衡の条件は\(~\sum \mu_idm_i=0~\)であった。この時化学ポテンシャル\(~\mu_i~\)は物質量の変化が関わる現象ならは, 普通の化学変化であろうと, 電気化学的な変化であろうと何にでも適用できた。
イオンが電場中にある電気化学的な反応ならば, 化学種の電荷に関する情報を明確にした方が便利な場合が多い。
\[\eta_i=\mu_i+z_iF\phi \]
と表し, \(\eta_i~\)を電気化学ポテンシャルと呼ぶ。\(z_i~\)は当該化学種\(~i~\)のイオン価数である。
\(\mu_i~\)は気化熱, 凝縮熱に例えられる従来通りの化学ポテンシャルで, \(z_iF\phi~\)が電気化学的な部分である。また\(~\phi~\)はその電荷\(~z_i~\)を持つ化学種\(~i~\)が存在する系(相あるいは溶液)の「静電ポテンシャル」である。
左右の電極の電位を夫々\(~\phi_1,\;\phi_2~\), 水溶液\(~\rm I,\;II~\)の電位を夫々\(~\phi_3,\;\phi_4~\)とする。
\(\rm NO_3^{-}~\)は1価のマイナスイオンであるから, 水溶液\(~\rm I~\)では, \(\eta_{NO_3^{-}}=\mu^{I}_{NO3^{-}}-F\phi_3~\), 水溶液\(~\rm II~\)では, \(\eta_{NO_3^{-}}=\mu^{II}_{NO_3^{-}}-F\phi_4~\) である。
半透膜の働きによりこれらが等しいので,
\[\mu^{I}_{NO_3^{-}}-F\phi_3=\mu^{II}_{NO_3^{-}}-F\phi_4 \]
が成り立つ。よって
\[\phi_3-\phi_4=\frac{\mu^{I}_{NO_3^{-}}-\mu^{II}_{NO_3^{-}}}{F}=\frac{RT}{F}log\frac{x^{I}_{NO_3^{-}}}{x^{II}_{NO_3^{-}}}\tag{5} \]
が水溶液\(~\rm I,\;II~\)の電位差(膜電位)である。\(x^{I}_{NO_3^{-}}~\)は水溶液\(~\rm I~\)の\(~\rm NO3^{-}~\)イオンのモル分率である。
同様に, 電極とそれに接する水溶液の\(~\rm Ag^{+}~\)の化学ポテンシャルが等しいことから,
\[\mu^{Ag}_{Ag^{+}}+F\phi_1=\mu^{I}_{Ag^{+}}+F\phi_3,\quad \mu^{Ag}_{Ag^{+}}+F\phi_2=\mu^{II}_{Ag^{+}}+F\phi_4\tag{6} \]
が成り立つ。\(\mu^{Ag}_{Ag^{+}}~\)は, 純粋な金属\(~\rm Ag~\)中での\(~\rm Ag^{+}~\)の(電位が\(~0~\)の時の)化学ポテンシャルである。(5)式と(6)式を合わせれば,
\[\begin{align}
\phi_1-\phi_2&=\frac{\mu^{I}_{Ag^{+}}-\mu^{II}_{Ag^{+}}}{F}+(\phi_3-\phi_4) \\
&=\frac{(\mu^{I}_{Ag^{+}}+\mu^{I}_{NO_3^{-}})-(\mu^{II}_{Ag^{+}}+\mu^{II}_{NO_3^{-}} )}{F}\tag{7}
\end{align} \]
となり, (2)式と同じ結果が得られる。
なお(7)式は\(~z~\)をイオンの価数として, 電池の起電力
\[E_i=\frac{\varDelta G_i}{zF} \]
を表す式として知られる。