楽しく学ぶ…熱力学
ヘルムホルツの自由エネルギー(2) 最大仕事
現代的な導出。教科書, ネット記事の主流。
ヘルムホルツの自由エネルギー 最大仕事関数
最大仕事関数 取り出せる最大の仕事
ケルビンの原理の繰り返しであるが, 先ずは分かり易い例から説明しよう。
\(pV~\)=一定の等温曲線に沿って, 外界に対して\(~A\to B~\)と仕事をする場合, 以下のようになる。
等温過程は準静的な過程で, 現実にはあり得ない。\(A\to B~\)は膨張過程なので,どんなにゆっくり動かしても僅かに温度が下がり, 青破線の過程を辿る。青破線で囲まれた部分が系が外界に対して為した仕事であり, 系が外界に対して為し得る最大の仕事は等温線に沿ったものである。
この最大の仕事が「ヘルムホルツの自由エネルギー」と呼ばれる, その関数から全ての熱力学的状態を導ける, 完全な熱力学関数の一つである。
逆に, \(B\to A~\)と外界が圧縮仕事を系に加える場合は, 等温過程が, 最小の仕事である。どんなにゆっくり圧縮しても, 赤破線の様に僅かに温度が上がる。赤破線の下の部分が外界が系に対して為した仕事である。
余談であるが, 等温膨張で最大の仕事を為し, 最小の仕事で等温圧縮するカルノーサイクルが最大の熱効率を示すのは至極当然のことである。
熱力学の法則を, ギブスが1873年4月論文で主張した形で書こう。準静的過程では,
\[dU(=d'q+d'W)=TdS+d'W \tag{1} \]
\(TdS~\)を主役にしたことは, 熱力学第二法則を出発点に位置づけることであり, ランダウとリフシッツが高い評価を与えたものである。熱と仕事の熱力学からエネルギーとエントロピーの熱力学へとシフトさせた。
これを, この後の説明の都合で
\[d'W=dU-TdS \tag{2} \]
としておく。右辺を見ると,
\[F\equiv U-TS \tag{3} \]
という新しい熱力学関数を用意しておいた方が良さそうである。ヘルムホルツの自由エネルギーと命名しておこう。
如何にも人為的であるが, 実際にはヘルムホルツは5年もの歳月をかけ,
電池の起電力を熱力学から求めようとして, 導いたものである。
三相平衡から自然に導かれたギブスの自由エネルギーの10年も後のことであり, 七転八倒の試行錯誤を経たのであろう。天下りの定義は, 先駆者に申し訳ない気もするが, 能率的な学習のためには止むを得ない。
不可逆過程では\(~d'q\le TdS~\)であるから, (1)式より,
\[dU=d'q+d'W\le TdS+d'W \]
である。(2)式は,
\[d'W\ge dU-TdS \]
となるが, (3)式を使うと\(~dF=dU-TdS-SdT~\)で, 等温過程であれば\(~dT=0~\)より,
\[d'W \ge dF \tag{4} \]
つまり,
(外部から加えた仕事)\(\ge\)(ヘルムホルツの自由エネルギーの増加量)
外部から仕事を加えても, 一種の内部エネルギーである\(~F~\)の増加量はそれ以下である。分かり難いので, 不等式の符号を変えて,
(外部へ取り出す仕事\(~-d'W~\))\(\le\)(ヘルムホルツの自由エネルギーの減少量\(~-dF~\))
とすれば,
等温過程において, 外部への仕事として取り出せるエネルギーは, ヘルムホルツの自由エネルギーの減少分以下である。
または, 外部への仕事として取り出せるエネルギーは, 内部エネルギーよりも\(~TS~\)だけ少ないエネルギーしか取り出せないということである。
等温過程においては, ヘルムホルツの自由エネルギーが外部へ取り出せるエネルギーの最大値であり, 「最大仕事の原理」と呼ぶ。
言葉の表現で分かり難いところはあるが, 最初の図を見れば一目瞭然であり, 極めて自然なことであろう。
次に述べる「変化の方向」とは異なり, 体積は一定ではないことに注意しよう。
変化の進む方向 温度と体積が一定の場合に限定。使い道はあるのか?
系の体積が変化しない時は外部へ為す\(~pV~\)仕事は\(~0~\)である。従って(4)式は
\[dF\le 0\tag{5} \]
となる。すなわち,
等温等積変化では, 系のヘルムホルツのエネルギーは減少に向かう。その通りであるが少々分かり難い。
温度と体積が一定の系, 例えば温度\(~T~\)の熱浴に浸かった, 熱伝導の良い頑丈な容器に入った気体の変化を考えてみよう。
容器は体積も気体の分子数も変わらないが, 熱は入ってくるのでエネルギーは変化する。ところで統計力学でも, ミクロカノニカル分布からカノニカル分布へ移る時に, 同じような説明を聞いたような気がするが。
本題に戻ろう。熱浴をも含んだ系は孤立系と考えられる。孤立系ではエントロピーは増大する。繰り返しになるが,
\[d'q\le TdS \]
である。等号は可逆変化の場合である。系が熱浴から吸収した熱量は\(~d'q=dU-d'W~\)である。
仕事\(~W~\)が容器の体積変化という形で成されるならば, \(d'W=-pdV~\)なので
\[dU+pdV\le TdS \]
である。従って温度と体積が一定の系\(~(dT=0,\;dV=0)~\)については
\[d(U-TS)\le 0 \]
が成り立つ。(等号は可逆過程のみ成り立つ)。要約すると,
温度と体積が一定の系では, ヘルムホルツの自由エネルギーが減少する変化が自発的, かつ不可逆的に起き,
\[dF=0,\quad F=F_{min} \]
が実現される。
\(dF\le 0~\)が自発的な変化の向きと言ったが, 元はと言えば\(~d'q\le TdS~\)から導かれたものであり, エントロピー増大の法則そのものである。ただ等温等積過程では\(~dF\le 0~\)の方が便利なことがある程度のことである。
体積一定であるから外界に対して仕事はしない。またされることもない。熱機関の解析には不要であり, 事実熱力学初期の頃は顧みられなかった状態量である。
自由エネルギーと最大仕事
ギブスの自由エネルギーは
平衡曲面 自由エネルギーで簡単に触れた。
\[\begin{align}
G&=U-TS+pV \\
F&=U-TS
\end{align} \]
ギブスの自由エネルギーも含めて, 最大仕事との関係を簡単に整理しておこう。
温度一定で, 系が外界に為す仕事\(~W=-w'~\)は熱力学第一法則, 第二法則から
\[W=-\varDelta U+\varDelta q=-\varDelta U+T\frac{\varDelta q}{T}\le -\varDelta U+T\varDelta S=-\varDelta F \]
となる。つまり, 系が外界に為すことが出来る仕事の上限は内部エネルギーの変化\(~-\varDelta U~\)ではなく, \(-\varDelta F~\)である。
ヘルムホルツの自由エネルギーというと反射的に定積\(~\varDelta V=0~\)が思い浮かぶが, 定積が必要なのは「変化の方向」を考える時である。
次に圧力一定の場合を考えよう。定圧で系が外界に為す仕事のうち, 体積変化\(~p\varDelta V~\)以外のものは,
\[W-p\varDelta V\le -\varDelta U+T\varDelta S-p\varDelta V=-\varDelta G \]
すなわち\(~W-p\varDelta V~\)の上限がギブスの自由エネルギー変化\(~-\varDelta G~\)となる。
体積変化\(~p\varDelta V~\)以外の仕事とは, 電池の起電力, 化学反応熱等である。
ヘルムホルツの自由エネルギーから導かれる熱力学状態量
完全な熱力学関数から抜粋しよう。
\[\begin{align}
&\left(\dd{U}{S}\right)_V=T,\quad\ \left(\dd{U}{V}\right)_S=-p \tag{6}\\
&\left(\dd{F}{V}\right)_T=-p,\;\;\: \left(\dd{F}{T}\right)_V=-S \tag{7}\\
&\left(\dd{H}{S}\right)_p=T,\quad\ \left(\dd{H}{p}\right)_S=V \tag{8}\\
&\left(\dd{G}{p}\right)_T=V,\quad\ \left(\dd{G}{T}\right)_p=-S \tag{9}\\
\end{align}\]
(7)式がヘルムホルツの自由エネルギーから導かれる熱力学状態量である。
また重要な量である内部エネルギーは
\[U=F+TS=F-T\left(\dd{F}{T}\right)_q\tag{10} \]
と\(~F~\)の微分から求められる。(7)式の\(~S~\)と(10)式は
ヘルムホルツ自身によって導かれた。
統計力学に於ける位置づけ 統計力学では\(~F=U-TS~\)が中心的存在である。
統計力学では先ず分配関数を求め, その分配関数からヘルムホルツの自由エネルギーを求める。
そして, その自由エネルギーを偏微分して熱力学的状態量\(~S,p~\)を求める。ガウス積分, スターリングの近似式を用いて気体の状態方程式
\[pV=nRT \]
を求めることも出来る。
もっとも, そこまでして状態方程式を求めてどうするのか?とは思うが。