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湘南理工学舎
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2025/06/18

 楽しく学ぶ…統計力学

 カノニカルとは?アンサンブルとは? 

カノニカルとは?アンサンブルとは?そろそろ説明が必要だ。
 離散状態が基本の量子力学に対し, 連続量を取り扱う古典力学で微視的状態"数"をどうやって計算するのか?原子, 分子を仮定したボルツマンは論争にさらされ, 旅行先のイタリア海岸の宿舎で, 娘の前で首を吊った。争いを嫌うギブスは純古典力学の範囲内で統計力学を組み立てた。カノニカル・アンサンブル(正準形式による統計集団)である。

カノニカル, アンサンブル.
 統計力学の元祖はボルツマンかギブスかという議論はさておき, 単語, 統計力学(\(Statiscal\;Mechanics\))を始めとして, 用語, 理論形式を整えたのはギブスである。1902年, コネチカット学術アカデミー紀要で出版された「熱力学の合理的基礎にとくに関連して導かれた統計力学の基礎的諸原理」(以下基礎的諸原理) \(~Elementary\;Principles~\)\(in\;statiscal\;Mechanics~\)\(Developped\;units~\)\(Special\,References~\)\(to\,Rational\)\(Foundations\)\(of\)\(Thermodynamics~\)において初めて用いられた。

カノニカル(\(canonical\)) 正準形式。日本語訳は東大山内恭彦先生。
 ポアッソンは, 太陽・木星・土星からなる系の3体問題で, 摂動関数\(~\Omega~\)を含むラグランジュの運動方程式を解く過程で, \[\frac{dq_i}{dt}=-\dd{\Omega}{\dot{q_i}},\quad \frac{\dot{q_i}}{dt}=\dd{\Omega}{q} \] という形をした方程式を得ていた(中根美知代 数理解析研究所講究録1130巻2000年 物理学から数学へ)。
 ポアッソン自身はこの形式に興味を示さなかったが, この式の対称性, 普遍性(座標に依らない)に注目したのはラグランジュである。ラグランジュは「解析力学」第2版(1788年)で, この形式の方程式の重要性を主張し, 証明と使い方を与えている。
 この美しい形式が「造物主の意志にかなった聖典的な理論形式(モーペルテュイ)」ということで, 後年ヤコビが「\(Canonique\), 法規にかなった」という用語を与えた。
 それを「正準」という, 天上の理(ことわり)を彷彿とさせる, 素晴らしい日本語に翻訳したのは東大の山内恭彦先生である。一流の科学者は文才も秀でている。

何故正準形式が必要なのか? 連続量で微視的状態"数"をどうやって数えるのか?
 プランクによるエントロピーの算出(小正準集団の方法)では, エネルギーは完全に離散的であった。これ以降の記事で登場する正準集団の方法では, エネルギーは明示的には離散量ではないが,「微視的状態数」という言葉の中に, 暗黙に離散量としている。
 連続量の場合はピンポイントで状態を指定しても, 状態数は数えられない。敢えて数えるとゼロである。例えば, 身長が丁度172cmである確率はゼロである。
 離散量は, 量子力学が当たり前になっている我々に違和感は全く無いが, ギブスの時代は量子力学はおろか, 分子, 原子の存在も口にすれば非難の的となっていた。
 ギブスは無益な論争を避けるために, 純古典力学に拘った。古典力学の連続量と, 離散量である微視的状態数をどの様に関係づければ良いのだろうか?
 蛇足だが, ギブスの純古典的手法は, 古典力学が量子力学と相対論に取って変わられても, そのままの形で生き残った。熱力学の様に。

ハミルトン形式 座標\(~q~\)と運動量\(~p~\)の位相空間が主舞台。
 \(N~\)個の粒子が直線上(1次元)を運動しているとする。各粒子の運動はハミルトンの正準(カノニカル)方程式 \[\frac{dq_i}{dt}=\dd{H}{p_i},\quad \frac{p_i}{dt}=-\dd{H}{q_i}\quad (i=1,2,\cdots,N)\tag{1} \] で記述される。一般化座標\(~q\), 一般化運動量\(~p~\)が張る空間を位相空間と呼び, 多粒子の位相空間を\(~\varGamma~\)(ガンマ)空間と呼ぶ。
 位相空間上の点\(~(q,p)~\)を与えると, その後の運動は決まる。つまり微視的状態は\(~(q,p)~\)で指定されると考えるのが自然だ。
\(N~\)粒子の場合は, \(2N~\)次元の位相空間上の点(\(~q_1,q_2,\cdots,q_N,p_1,p_2,\cdots,p_N~)\)で指定する。
 2次元の位相空間に\(~N~\)個の点を打つのではなく,\(~2N~\)次元の位相空間に一つの点を打てば\(~N~\)個の粒子の座標と運動量をまとめて指定したことになる。 \(2N~\)次元の位相空間上の各点(\(~q_1,q_2,\cdots,q_N,p_1,p_2,\cdots,p_N~)\)が微視的状態であると考えるのである。
 さらに, その各点の"数", 微視的状態数は, 位相空間中のその物体の所属する領域の体積に比例する。つまり

微視的状態数\(~W=~\)比例定数×位相空間の体積(\(\Delta q_1\Delta q_2\cdots\Delta q_N,\Delta p_1\Delta p_2\cdots\Delta p_N\))

と考えられる。体積に比例するからには, 位相空間を移動(運動)中にその体積が変化しては困る。

リウヴィルの定理 正準形式の位相空間はこの要請にぴったりだった。
 時間発展に対して位相空間中の体積が保存するということである。もし系が位相空間で, ある体積を持って始まると分かっているとき, 時間が経った後でも系は同じ体積を持つ部分空間にある。(by Wiki)
 つまり, 微視的状態数が位相空間の体積に比例すると考えるならば, 体積が変化しないのであるから, 時間発展に対して状態数は変わらない。カノニカルな位相空間はこの要請にぴったりだった。リウヴィルの定理はギブスの理論に正当性を与えるものである。
 古典力学しかなかった時代にはこれは相当に重要で, ボルツマンもギブスもリウヴィルの定理に相当するものを証明している。しかし, 現代の統計力学は量子力学に基づいており, リウヴィルの定理の重要性も小さくなった。標準的な統計力学の教科書からは消えつつある。

アンサンブル(\(ensemble\)) 正準に匹敵する日本語訳は無い。集団, 集合, あるいはそのままアンサンブルと表記する。
 統計集団(アンサンブル)が本来の意味に近い。今, \(N~\)個の粒子を含む研究対象の系があるとする。各粒子の運動は正準(カノニカル)方程式 \[\frac{dq_i}{dt}=\dd{H}{p_i},\quad \frac{p_i}{dt}=-\dd{H}{q_i}\quad (i=1,2,\cdots,N)\] で記述される。
 3次元空間に\(~N~\)個の粒子が存在している場合は, その空間の次元は\(~6N~\)である。\(6N~\)次元の位相空間上の1点は1つの微視的状態を表している。その状態が時間に対して変わるありさまは, 上記正準方程式によって与えられる。粒子間の弱い相互作用により, 長い時間の間に軌道は少しづつ形を変え, 下図の左のような軌道を描くであろう。
 これをさらに長時間観測すれば, よく通る軌道と, まれにしか通らない軌道によって, 軌道に濃淡が出来る。
この濃淡分布を時間的母集団(\(time\;ensemble\))とも呼ぶ。
アンサンブル

時間的母集団(\(time\;ensemble\))


エルゴードの仮説
 一般に時間的平均を直接とるのは集団的平均を取るよりも困難である。そこで, 時間的平均をとる代わりに, (\(N\)個の粒子を含む)研究対象の系のコピーを多数(\(\mathcal{N}\)個)とって, \(6N~\)次元の位相空間にばらまく。するとこれらのコピーはある濃淡をもって分布する(であろう)。この濃淡分布が上記の時間的母集団と同じになるというのがギブスのアンサンブル(統計集団)の考えである(と思う)。
 この分布を集団的平均と呼び, 集団的平均をとって物理量(力学的量)の観測値を計算する。
 (力学的量の時間平均)=(同じ量の集団的平均)とすることをエルゴードの定理と呼ぶが, 厳密な証明は為されていない。
 この多数のコピーの集合を統計集団(アンサンブル)と呼ぶ。または位相的母集団あるいは位相集団(\(phase\;\)\(ensenble\))とも呼ぶ。
上述した時間的母集団(\(time\;ensemble\))における濃淡分布は, 研究対象の系一つが長時間かけて描いたものであるが, 下図の位相集団(\(phase\;\)\(ensemble\))では多数のコピーが短時間で描いたものである。
 つまりカノニカル・アンサンブルとは, ハミルトンの正準方程式が記述された\(~\varGamma~\)空間において, 対象の系のコピーを多数配置した統計集団のことである。
 この, 集団を考えるアイデアは\(~Willard\;Gibbs~\)によるもので, 統計力学を分かりにくくしている。また分かり易い説明もなかなか見当たらない。そこで「(仏語の)アンサンブルには深い意味は無いから, 気にする必要は無い」という, ギブスが聞いたら落胆するであろう論評も出て来る。

アンサンブル

統計集団(アンサンブル), 位相的母集団

 多数の微視的状態からエントロピーを計算するときに, 研究対象の系の粒子数\(~N~\)を用いて, \[S=k_Blog\frac{N!}{N_1!N_2!\cdots N_n!}\quad (N=N_1+N_2+\cdots N_n)\tag{1} \] と計算される。つまり粒子の配置の場合の数を数える。しかしギブスに忠実に従えば, コピーした数\(~\mathcal{N}~\)を用いて, \[S=k_Blog\frac{\mathcal{N}!}{\mathcal{N}_1!\mathcal{N}_2!\cdots \mathcal{N}_M!}\quad (\mathcal{N}=\mathcal{N}_1+\mathcal{N}_2+\cdots \mathcal{N}_M)\tag{2} \] とコピーの配置の場合の数を数えなければならない。
 (1)式による導出は, ギブスのアンサンブルではないが, 現代の統計力学では"カノニカル","アンサンブル"などの用語を使う。
(1)と(2)の違いは\(~N,n~\)と\(~\mathcal{N},M~\)のみで計算は全く同じである。律儀に文字を使い分けている先生もおられるが, 多くは難しい説明を避けて(1)式で説明を済ませている。
 正直なところ, ギブスの考えを正しく解釈しているという自信は筆者には無い。但しアンサンブルの概念は重要である。ここでは, 統計力学のバイブル(久保亮五統計力学27ページ)の解説で納得した事にしよう。
「我々の対象たる力学系と同じものを多数考え, それらが確率的に分布するとして導入されたこの仮想的な母集団は, 確率論的な概念をはっきりさせるために必要なのである。」

coffe

[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!

 ジョサイア・ウィラード・ギブスは生涯を独身で過ごし, 彼の姉及び義兄と暮らした。イェール大学の司書である義兄は「コネチカット学術アカデミー紀要」の編集委員でもあった。ギブスの殆どの論文はこの片田舎の雑誌に掲載された。当時ギブスの才能にいち早く気付き, 絶賛したのは, あのマックスウェルである。
 メリーランド州に新設されたジョンズ・ホプキンス大学から3,000ドルの給与で招聘されたが, イェール大学側から提示された2,000ドルに満足し, コネチカット州ニューヘイブンに留まった。
 ギブスは不均一系の熱力学を独力で完成させ, 家では姉の家事を助け, 特に不均一であるサラダを混ぜるのが得意であったという。激しい気性で最後は自殺に追い込まれたボルツマンとは対照的に静かな生涯を過ごした。