楽しく学ぶ…統計力学
古典理想気体(2) N 粒子系 正準集団
初期の統計力学の目的は, ミクロな物理から気体の状態方程式\(~PV=Nk_BT~\)を導出することであった。
\(N~\)粒子系の統計力学 相互作用しない\(N~\)個の粒子の系
\(N~\)粒子ハミルトニアン
相互作用しない\(N~\)個の粒子がひとつの箱に入っている状況を考えよう。なぜこうするかは, こうすると上手くゆくからであるが, 自然な考え方であろう。粒子は全部同一種類の分子とし, \(N~\)粒子(自由粒子)のシュレーディンガー方程式を考える。書くだけならば簡単で, 相互作用のない自由粒子で, 古典的ハミルトニアン\(~p^2/2m~\)を全ての粒子について足し, それを微分演算子で置き換えれば良い。
\[-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_{i=1}^{N}\nabla^2\Psi(r_1,r_2,\cdots,r_N)=E\Psi \]
\(\Psi(r_1,r_2,\cdots,r_N)~\)は\(N~\)個の座標で決まる巨大な波動関数である。定常状態であればエネルギー固有値\(~E~\)を持っている。
変数分離型の解を仮定する。相互作用が無いのだから, これは自然な仮定であろう。
\[\Psi(r_1,r_2,\cdots,r_N)=\prod_{i=1}^{N}\psi_i(r_i) \]
\(\Psi(r_1,r_2,\cdots,r_N)~\)は1粒子の波動関数\(~\psi_i(r_i)~\)の積である。
\(j~\)番目の粒子にラプラシアンを作用させて見ると, \(j~\)番目の波動関数のみに作用し, それ以外\(~(i\neq j)~\)はそのまま残るので,
\[\nabla^2_j\Psi=(\nabla_j^2\psi_j(r_j))\prod_{i\neq j}\psi_i(r_i)\tag{1} \]
\(j~\)番目の1粒子のシュレーディンガー方程式は
\[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_j^2\psi_j(r_j)=\varepsilon_j\psi_j \]
\(\varepsilon_j~\)は1粒子のエネルギー固有値である。(1)式に代入し, \(N~\)個のハミルトニアンを全て掛けると,
\[\begin{align}
-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_{j=1}^{N}\nabla_j^2\Psi&=-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_{j=1}^{N}(\nabla_j^2\psi_j)\prod_{i\neq j}\psi_i(r_i) \\
&=\sum_{j=1}^{N}(\varepsilon_j\psi_j)\prod_{i\neq j}\psi_i(r_i) \\
&=\sum_{j=1}^{N}\varepsilon_i\prod_{i=1}^{N}\psi_i(r_i) \\
&=E\Psi\;(E:Total\;energy)
\end{align} \]
1→2行目で\(-\hbar^2/2m\nabla_j^2\psi_j=\varepsilon_j\psi~\)を用い, 2→3行目では\(~(\varepsilon_j\psi_j)~\)の\(~\psi_j~\)を総乗\(~\prod~\)の中に移した。結果として
\[-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_{j=1}^{N}\nabla_j^2\Psi=E\Psi \]
と, 全ての1粒子のエネルギー固有値を足したものが, 全系のエネルギー固有値\(~E~\)になるという常識的な結果が得られた。
ギブスのパラドックス 混合気体のエントロピーに関するものであるが, 不可弁別性(同種粒子を区別出来るか?)の問題である。
\(n~\)モルの気体が, 等温で体積が\(~V\to 2V~\)になったとするとエントロピーは
\[TdS=PdV,\;P=\frac{nRT}{V}\to\;dS=nR\cfrac{dV}{V}\]
より
\[\varDelta S=\int dS=nR\int_{V}^{2V}\frac{dV}{V}=nRlog2 \]
だけ増加する。
上段のエントロピー増加は
\[\Delta S=\Delta S_{Blue}+\Delta S_{Red}=2nRlog2 \]
である。では下段は\(~\Delta S=\Delta S_{Blue}+\Delta S_{Blue}=2nRlog2~\)だろうか?仕切りを外しただけでエントロピーは増加するだろうか?
波動関数は各粒子の波動関数の積で
\[\Psi=\prod_{i=1}^{N}\psi_i\]
と表し, 一見良さそうであるが, 実は間違っている。
個々の波動関数の積の形にするという考えは正しいのであるが, このままでは不都合が生じる。正しくは波動関数に関しては粒子の入れ換え(番号の付けなおし)に対して, 粒子の種類(ボーズ粒子かフェルミ粒子か)によって対称化, あるいは反対称化が必要という量子力学の要請があったのである。詳しくは
不可弁別性で説明する。
\(N~\)粒子分配関数
1粒子状態密度は, 1粒子の話なので入れ換えは何の関係もなく, 前の記事で求めた1粒子分配関数に修正を加える必要は無い。相互作用は無いので, 先ずは\(N~\)粒子の分配関数を
\[Z(T,V,N)=\{Z_1(T,V)\}^N \]
と書いてみると,
\[Z=\left[\frac{(2\pi mk_BT)^{3/2}}{h^3}V\right]^N\propto V^N \]
となる。一方この対数を取った\(~F=-k_BTlogZ~\)は\(~NlogV~\)の項を持ち, \(F~\)が示量的\(~(extensive)~\)にならない。\(extensive~\)とは,
\[F(T,\lambda V,\lambda N)=\lambda F(T,V,N) \]
となることである。単純な\(N~\)乗は具合が悪いという事である。
不可弁別性 \(N!~\)で割る理由
量子力学では同種粒子は区別出来ないという注意すべき点がある。同種粒子には番号を付けることが出来ない。対して古典粒子の場合は粒子に個別の番号を振ることが出来る。高校物理の分子運動論で, 粒子1, 粒子2‥‥としたことを覚えているだろう。
同種粒子
上図の状態は古典的には異なる状態であるが, 量子力学的には同じと見做される。系の波動関数が2つの波動関数の積である(2つの粒子が個別に認識される)と考えている限りでは, この状態は2通りになる。量子論的には\(~2\ !~\)で割らなければならない。
正しい数え方は対称化, 反対称化を考えて行うが詳細は量子力学に譲る。統計力学では, 上図を1つの状態とするために, 全ての粒子は
異なる1粒子固有状態にいる, という制限(近似)を加える。
つまり1つのエネルギー状態には高々1個の粒子が存在すると考える。
粒子を入れ替えると, 本来(量子力学)では1つの状態であるが, 全て異なる微視的状態であると数える(古典的な)考えでは4!通りの状態となる。
(粒子は夫々区別が付くという)従来の数え方での\(N~\)粒子状態密度を\(\Omega^{'}\)とすると, 一つの量子状態を\(N!~\)回数えているわけであるから, 正しい状態密度は
\[\Omega=\frac{1}{N!}\Omega^{'} \]
となり, 正しい分配関数は
\[Z=\int\Omega e^{-\beta E}dE=\frac{1}{N!}\int\Omega^{'} e^{-\beta E}dE \]
である。ここで, 粒子は夫々区別が付くので
\[\int\Omega^{'} e^{-\beta E}dE=(Z_1)^N \]
であるから, 結局正しい分配関数は\(~Z=\cfrac{1}{N!}(Z_1)^N~\)で
\[\begin{align}
Z&=\frac{1}{N!}\left[\frac{(2\pi mk_BT)^{3/2}}{h^3}V\right]^N \\
&=\frac{1}{\sqrt{2\pi N}}\left[e^{\frac{(2\pi mk_BT)^{3/2}}{h^3}}\left(\frac{V}{N}\right)\right]^N \\
&\propto T^{\frac{3}{2}N}\left(\frac{V}{N}\right)^N=T^{\frac{3}{2}N}(\rho)^{-N}
\end{align} \]
となる。1→2行目でスターリングの公式を用いた。
ヘルムホルツの自由エネルギー\(~F=-k_BTlogZ~\)は\(~F\propto Nlog(\rho)~\)と\(N~\)に比例する示量的な量になる。
エネルギー尺度 エネルギースケール
\(N~\)粒子系のエネルギー尺度も見ておこう。1自由粒子のエネルギー尺度は,
\[\varepsilon_0=\frac{h^2}{m}\left(\frac{1}{V}\right)^{2/3} \]
であった。1粒子の場合は密度という考えは無かったが, \(N~\)粒子系では\(~N/V~\)という形で頻繁に出てきた。
\(N~\)粒子系のエネルギー尺度は, 上式の\(~1/V~\)を\(~N/V~\)に変えて
\[\varepsilon_N=\frac{h^2}{m}\left(\frac{N}{V}\right)^{2/3} \]
とすれば良い。
熱力学量
\(N~\)粒子系の分配関数を再掲しよう。後は熱力学へ丸投げすれば良い。
\[Z=\frac{1}{\sqrt{2\pi N}}\left[e^{\frac{(2\pi mk_BT)^{3/2}}{h^3}}\left(\frac{V}{N}\right)\right]^N \]
・内部エネルギー
\[\begin{align}
U&=-\dd{}{\beta}LogZ=-\dd{}{\beta}\beta^{-\frac{3}{2}N}\\
&=\frac{3}{2}N\frac{1}{\beta}=\frac{3}{2}Nk_BT
\end {align}\]
・定積比熱
\[C_V=\frac{1}{N}\left(\dd{U}{T}\right)_V=\frac{3}{2}k_B \]
・ヘルムホルツの自由エネルギー
\[\begin{align}
F&=-k_BTlogZ \\
&=-Nk_BT\left[\frac{3}{2}log\left(\frac{2\pi mk_BT}{h^2}\right)+log\frac{V}{N}+1\right]
\end{align} \]
・エントロピー(ザックール・テトローデ方程式)
\[\begin{align}
S&=\frac{U}{T}-\frac{F}{T}\quad (\gets F=U-TS) \\
&=\frac{3}{2}Nk_B+Nk_BlogZ \\
&=Nk_B\left[\frac{3}{2}log\left(\frac{2\pi mk_BT}{h^2}\right)+log\frac{V}{N}+\frac{5}{2}\right]
\end{align}\]
・圧力
\[P=-\left(\dd{F}{V}\right)_T=\frac{Nk_BT}{V} \]
最後の式は気体の状態方程式である。
これで初期の統計力学の目的, つまり「マクロな気体の状態方程式を, ミクロの世界から導く」が果たされた。
エントロピーは注意が必要である。明らかに温度が高いところでは正であるが, \(T\to 0~\)で負に発散する。つまり, ある温度で\(~S=0~\)となり, それ以下では\(~S\lt 0~\)となり, 熱力学第三法則を満たさない。
\(N!~\)で割る処方は低温では正しくないという事である。低温に強い量子力学も熱力学には逆らえない。
不可弁別性の適用範囲 近似であることを忘れてはならない。
さてこの不可弁別性であるが,\(~N!~\)で割る処方は, 全ての一粒子固有状態にいる粒子はたかだか一個(\(0\ or\ 1\))という近似(状況設定)の下で正しい。例えば

の場合は元々これが一つの状態で, 2で割るのは割りすぎである。\(N!~\)で割る処方は複数の粒子が, 同じ一粒子固有状態にいない時に正しい。
つまり, 系のエネルギーが十分高い時で, その系に粒子数よりずっと多いエネルギー固有状態がある場合である。系のエネルギーが低い時は, そのエネルギー範囲で使える一粒子固有状態が少なくなり, 同じエネルギー準位に重なって入ってしまう可能性が出てくる。
フェルミエネルギー, 熱ドブロイ波長
基底状態から順に一粒子固有状態を順番に詰めていって, \(N~\)番目のエネルギー順位\(~\varepsilon_F~\) (これも一粒子固有状態)まで埋まったとする。\(~\varepsilon_F~\)を
フェルミエネルギーと呼ぶ。フェルミエネルギーは,
\[\begin{align}
N&=\int_{0}^{\varepsilon_F}g(\varepsilon)d\varepsilon \\
&=\frac{4\sqrt{2}\pi m^{3/2}}{h^3}V\int_{0}^{\varepsilon_F}\sqrt{\varepsilon}d\varepsilon
\end {align}\]
より,
\[\varepsilon_F=\frac{h^2}{2m}\left(\frac{3N}{4\pi V}\right)^{2/3} \]
これは, 係数を除くと, \(N~\)粒子系のエネルギー尺度
\[\varepsilon_N=\frac{h^2}{m}\left(\frac{N}{V}\right)^{2/3} \]
と同じオーダーである。
\(N!~\)で割る近似が正しいのは, 系の内部エネルギーがエネルギースケールより大きい時\(~U=\cfrac{3}{2}Nk_BT\gg N\varepsilon_F\sim N\varepsilon_N~\), つまり,
\[k_BT\gg \varepsilon_N=\frac{h^2}{m}\left(\frac{N}{V}\right)^{2/3} \]
の時である。密度\(~(N/V)~\)の\(~1/3~\)乗は長さを表すので, 平方根を取ると,
\[\frac{h}{\sqrt{mk_BT}}\ll \left(\frac{N}{V}\right)^{1/3} \]
を得る。ここで
\[\lambda=\frac{h}{\sqrt{2\pi mk_BT} } \]
と置き,
熱ド・ブロイ波長と呼ぶ。\(2\pi~\)は歴史的理由による。エネルギーが\(~k_BT~\)程度の粒子の波動関数の波長を表し, これくらいまでは量子力学的に見える。粒子間距離がこれより十分に大きい(量子力学的ではない)時に, \(N!~\)で割る処方は正しいとも言える。