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エネルギー量子の発見
プランク自身によるプランク輻射式の導出
エネルギー量子の発見
プランクの輻射公式
前の記事でプランクの輻射公式をデバイの比熱式から導いた。
\[\begin{align}
u(\nu)&=\frac{V}{\pi^2c^3}\frac{h}{2\pi}2\pi\frac{(2\pi\nu)^3}{e^{\beta\hbar(2\pi\nu)}-1}\\
&=\frac{8\pi hV}{c^3}\frac{\nu^3}{e^{\beta h\nu}-1} \tag{1}
\end{align} \]
この例では, デバイ比熱とプランク輻射は同じ原理, つまり量子化された調和振動子から成り立ち, 後者は前者から導かれたかのように書いてある。しかし歴史は全く異なる。
エントロピーの解釈の転換 クラウジウスの「増大する状態函数」からボルツマンの「確率」へ。
プランクがエネルギー量子の考えに至った経緯を簡単に見ておこう。以下はマックス・プランク著「作用量子発見の歴史によせて」による。\(FN~\)の高校物理, プランクの熱輻射公式から要点を引用しました。数式を追うというより, 経緯, 特にエントロピーの解釈の変遷を見るのが主なので, 数式のジャンプがあります。詳しく知りたい読者は当該サイトをご覧ください。
プランクは, 高等学校の数学教師\(~\rm H\cdot\)ミュラー先生の薫陶を受け, 熱力学の二つの主法則, 特に第二法則に強く惹かれた。その後エントロピーの研究を深め, クラウジウスの不可逆性の真の意味を1879年の学位論文で発表した。しかし当時の物理学, 数学の重鎮は誰も関心を示さず, 理解もしなかった。ヘルムホルツは論文を読んでさえいなかった。
プランクは苦い経験を味いながらも, エネルギーと並ぶ物理現象の最も重要な特性と考えたエントロピーの研究をやめなかった。1898年黒体輻射に関連して, ある仮説(自然輻射:個々の調和振動には相互作用は無い)の元で, 電磁場の固有振動数\(~\nu~\)の振動子は,
\[U=\frac{c^2}{\nu^2}K_{\nu}\tag{2} \]
というエネルギーの値をとる事を明らかにした。ここで\(~K_{\nu}~\)は輻射強度,\(~c~\)は光速度である。
この過程の不可逆性からして,
時間と共にその値が増大する状態函数を容易に示すことができ, それをエントロピーと解釈し,
\[S=-\frac{U}{a\nu}\cdot log\frac{U}{eb\nu}\tag{3} \]
とした。\(eb~\)はやがて\(~h~\)となる定数である。熱力学第二法則
\[\frac{dS}{dU}=\frac{1}{T}\tag{4} \]
に(3)式\(~S~\)を代入し, (2)式の関係を当てはめれば, 振動数\(~\nu~\)の輻射強度
\[K_{\nu}=\frac{b\nu^3}{c^2}\cdot e^{-a\nu/T}\tag{5} \]
が得られる。これはすでに1896年, \(\rm W\cdot~\)ウィーンによって立てられていた定常エネルギーの分布法則であり, 当時(1899年5月)の測定によって本質的には実証されていた。エントロピーから黒体輻射を明らかにしようとするプランクのアイデアは順風満帆に思えた。
だが測定の精度が上がるにつれて, (5)式が疑わしいものとなって行く。(3)式エントロピーの修正を試みたが, どうやっても(5)式になってしまう。熱力学に絶対の信頼を置くプランクであったが, 一時は(エントロピーによるアプローチを)放棄しようとさえ考えた。
1900年10月19日に開かれたドイツ物理学会において, \(\rm F\cdot~\)クールバウムと\(~\rm H\cdot~\)ルーベンスによって, 決定的な結果が報告された。
黒体の輻射強度は高温になればなるほど, ますますよく温度\(~\rm T~\)に比例する。これは, 輻射強度を常に有限ならしめるウィーンの分布法則(5)とは, あい容れない事実だった。
学会の数日前の10月7日, この結果を口頭で知らされたプランクは, 再び振動子のエントロピーを計算し, 波長に換算した形で飛び入りで(1)式, プランクの輻射法則を発表した。計算の過程は次のようなものである。
もし高温においては輻射強度\(~K_{\nu}~\)が温度\(~T~\)に比例するとすれば, (2)式より振動子のエネルギーも温度\(~T~\)に比例して
\[U=C\cdot T \]
となる。これを(4)式に入れて積分すると
\[S=C\cdot logU \]
が得られ, 従って
\[\frac{d^2S}{dU^2}=-\frac{C}{U^2}\tag{5} \]
となる。一方(2)式より, エネルギーの小さい領域で
\[\frac{d^2S}{dU^2}=-\frac{1}{a\nu U}\tag{6} \]
が知られており, (5)式と合わせて
\[\frac{d^2S}{dU^2}=-\frac{1}{a\nu U+U^2/C}\tag{7} \]
が得られる。\(\displaystyle U=\frac{c^2}{\nu^2}K_{\nu}~\)から\(~K_{\nu}~\)を代入するとエネルギー分布法則を与える式になる。これを波長に換算したものがプランクの輻射法則である。
これで一旦, 黒体輻射のスペクトル上のエネルギー分布法則の問題は, 解決したと言えば解決した。しかし, ここからプランクの苦悩が始まる。以下はプランク自身の言葉。
「だがここに, この法則の物理的意味を適切に基礎づけるという理論的に非常に重要で, これまでとは比較にならぬほど困難な課題が残された。問題は, (7)式から積分によって得られる振動子のエントロピーの表現を理論的に導出することである。」
(7)式を積分すると
\[\frac{dS}{dU}=\frac{1}{T}=\frac{1}{a\nu}log\left(1+\frac{a'\nu}{U}\right) \]
この式をさらに積分して得られる振動子のエントロピーの表現は
\[S=\frac{a'}{a}\left[\left(\frac{U}{a'\nu}+1\right)log\left(\frac{U}{a'\nu}+1\right)-\frac{U}{a'\nu}log\frac{U}{a'\nu}\right]\tag{8} \]
である。(注:\(C\equiv a'/a~\)は将来\(~k_B~\)となる定数です。ちなみに\(~a'~\)は将来\(~h~\)となる。)以下再びプランクの言葉。
「この表現に物理的意味を与えうるためには, 電気力学の領域をはみ出した, エントロピ―に関するまったく新しい考察が必要であった。当時の物理学者の中でエントロピーの意義を最も深く把握していたのは, ル―ドヴィヒ・ボルツマンだった。(中略)私自身はその頃まで
エントロピーと確率の関係には注意を払っていなかったが, この問題が私にとって魅力をもたなかったのは, すべて, 確率の法則というものが例外を許すものであるのに、当時の私は第二法則に対して例外のない妥当性を与えていたからである。(中略)
だが他によい方策もなかったので, 私はボルツマンの方法を用い, 任意の物理系の任意の状態に対してまったく一般的に\(~S=k⋅logW~\)という式を立てた。ここで\(~W~\)は, 状態のしかるべく算定された確率を表わしている。」
ミクロ・カノニカル・アンサンブル エントロピーを直接計数する, 世界初のミクロカノニカルアンサンブル。
プランクの実際の計算は次のように行われた。今日いうところの小正準集団の方法(ミクロカノニカルアンサンブル)である。以下はほとんど原文のままですが, 多少現代風に書き改めてあります。
\[S=k\cdot logW\tag{9} \]
非常に大きな数\(~N~\)個の同種の振動子よりなる系を考え, それが与えられたエネルギー\(~U_N~\)を取る確率を計算する。
先ず初めにエネルギー\(~U_N~\)を, 同様に非常に大きな数\(~P~\)個の相互作用がなく, 等しい要素\(~\varepsilon~\)の総和と見なす。
\[U_N=N\cdot U=P\cdot\varepsilon\tag{10} \]
ここで\(~U~\)は一個の振動子の平均エネルギーである。(注:分かりにくいが, 量子はおろか, 分子の存在も不明なころの推論である.)
そうすると, 求めている確率\(~W\)の(プランクは\(~W~\)は状態数ではなく, 確率と表現しています)一表現として, \(P~\)個のエネルギー要素を(番号を付けられるものと考えた)\(N~\)個の振動子に分配できる場合の数は
\[W=\frac{(P+N)!}{P!N!}\tag{11} \]
である。今どきの高校生の問題だと「10個のリンゴを5人に分配する方法は何通りか?」というところか。
(11)式を(9)式に代入すると, その振動子系のエントロピーは
\[S_N=N\cdot S=k\cdot log\frac{(P+N)!}{P!N!} \]
となる。スターリングの公式から(プランクもスターリングの公式を使った!!)
\[N\cdot S=k\{(P+N)log(P+N)-PlogP-NlogN\} \]
となり, すなわち
\[S=k\left[\left(\frac{P}{N}+1\right)log\left(\frac{P}{N}+1\right)-\frac{P}{N}log\frac{P}{N}\right]\tag{12} \]
が得られる。(8)式
\[S=\frac{a'}{a}\left[\left(\frac{U}{a'\nu}+1\right)log\left(\frac{U}{a'\nu}+1\right)-\frac{U}{a'\nu}log\frac{U}{a'\nu}\right]\tag{8} \]
と比べれば, この二つの式の相似は一見して明らかである。残るのは, この二つを同一のものとするために必要な推定をおこなうことだけであるが, それは
\[k=\frac{a'}{a},\quad\frac{P}{N}=\frac{U}{a'\nu} \]
と置くこと他ならない。(10)式
\[U_N=N\cdot U=P\cdot\varepsilon\tag{10} \]
より, エネルギー要素の量として\(~\varepsilon=a'\nu~\)が出てくる。振動子の性質には依存しない定数\(~a'~\)を私は\(~h~\)で表わし, それがエネルギーと時間との積のディメンジョンをもつことから, エネルギー要素\(~h\nu~\)に対して,
要素的作用量子ないしは
作用要素と名づけた。輻射法則
\[\frac{dS}{dU}=\frac{1}{T}=\frac{1}{a\nu}log\left(1+\frac{a'\nu}{U}\right) \]
の定数\(~a~\)および\(~a'~\)の測定値から得られた\(~k~\)と\(~h~\)の値は, それぞれ
\[k=1.346\x 10^{-16}erg/grad,\quad h=6.55\x 10^{-27}erg\cdot sec \]
となった。
現代では「輝かしい量子論の幕開け」として語られるプランクの理論だが, 当時としては怪しげな理論だということでしばらく無視され続けた。当人は次のように述懐している。
私の切り拓いた方向に対して専門仲間が関心を持ってくれないということが, むしろ好都合になるように運命ははからった。エントロピー概念の意義が当時はまだ正当な評価を受けておらず, 私の方法には誰も注意を払わなかったので, 私は十分な時間をかけて徹底的に計算をやってみることができ, どの方面からも邪魔されはしないか, 追い越されはしないかと心配する必要はなかったのである。