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湘南理工学舎
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2025/05/14

 楽しく学ぶ…統計力学

 ボルツマンの関係式 

ミクロな世界とマクロな世界を繋ぐ唯一の式
統計力学の系譜 統計力学では「名は体を表さない。」
 現代の統計力学は量子力学から出発する。歴史的には古典力学(解析力学)から築き上げられ, 主な用語はギブスによって整えられた。ギブスの論文では, 量子力学はおろか, 原子, 分子の存在も仮定されていない。そのため独特の用語が使われており, 初学者の誤解, 学習の妨げとなっている。多くの教科書, サイト記事では,
 小正準集団(ミクロカノニカルアンサンブル)\(\to\)正準集団(カノニカルアンサンブル)\(\to\)大正準集団(グランドカノニカルアンサンブル)
の順に解説されている。これをみると, 語感(先入観)を含めて
 原理の確認\(\to\)精度向上\(\to\)一般化へ拡大して完結
のように思えるが, そのようにはなっていない。
 では夫々独立した項目かと思い, 学習を進めてゆくと, 小正準集団と正準集団の結果は一致するのでどちらでも好きな方を使えば良いとの説明が登場する。また大正準集団は完結では無く, さらに「\(~T-P~\)アンサンブル」が登場する。小(中)大に強い意味は無く, それならば\(~Method\;A,B,C~\)とでもすれば良かったと思うが, そこまで見通せなかったのであろう。
 小正準集団と正準集団では, 分子数が\(~10^{24}~\)個では, 差は\(~10^{-12}~\)以下であり, 事実上一致。分子数が1億個では, 差は\(~10^{-4}~\)程度で, 現代の測定精度からは明らかに異なる結果。というのを理解するのは相当後になってからである。
 プランクの黒体輻射理論はミクロカノニカルアンサンブルの例として取り上げられるが, 当時そのような用語は存在しなかった。また最初の「量子統計力学」でもあるが, 量子力学が登場する20年以上前である。
 このように, 統計力学では教科書の順序は歴史通りになっていない。また統計力学の用語自身も紆余曲折を経ており, 用語から内容を理解しようとすると混乱する場合が多い。
歴史

ボルツマンの関係式 ミクロの世界とマクロの世界を結びつける唯一つの式。
ボルツマンの関係式
 ボルツマンは「エントロピーは統計的な理由だけで増大する」と考え, \[\Omega=-\int\cdots\int f(x,y,z,u,v,w)logf(x,y,z,u,v,w)dxdydzdudvdw\] という数式で示した(ポール・セン 宇宙を解く唯一の科学 熱力学 p155)。現在我々が良く知る \[S=k_BlogW\] と書き直したのは, プランクである。\(~W~\)は微視的状態数である。
 プランク自身は次のように述べている(マックス・プランク著「作用量子発見の歴史によせて」)。「だが他によい方策もなかったので, 私はボルツマンの方法を用い, 任意の物理系の任意の状態に対してまったく一般的に \[S=k\cdot logW\] という式を立てた。ここで\(~W~\)は状態のしかるべく算定された確率(プランクの呼び方)を表わしている。」
 また次のようにも述べている。(出典は同じ)「定数\(~k~\)はその単位にだけは依存するにしても普遍定数でなければならない。それはしばしば, ボルツマンの定数と俗称されているが, ボルツマンがこの定数を導入したのでもなく, また私の知る限り, 彼はその値を求めることにも思い及ばなかったということは, 注意しておく必要がある。」

 このエントロピーを表す式の真偽は証明はされておらず, そのまま認めるしかない。一旦エントロピー\(~S~\)が求まったら, 後は熱力学に丸投げして, 他の熱力学諸関数を求めれば良い。例えば 温度\(~T~\)は \[\left(\dd{S}{U}\right)_V=\frac{1}{T} \] から, また, 圧力\(~p~\)は \[\left(\dd{S}{V}\right)_U=\frac{p}{T} \] から求められる。他の熱力学諸量も同様である。

エントロピーの計算
 無条件に認めろと言っても納得できないと思うので実例を示してみよう。

ボルツマン関係式

ボルツマン関係式

体積\(~V~\)中に\(~N_A~\)(アボガドロ数)個の気体分子があるとする。仕切り板を静かに除くと, やがて気体分子は体積\(~2V~\)に拡がる。分子の配置の可能性が分子1個ごとに2倍になるので状態数\(~W~\)は, \[W_2=2^{N_A} W_1\] となる。ボルツマンの関係式を使うと, \[\varDelta S=S_2-S_1=k_B logW_2-k_B logW_1=k_B log\frac{W_2}{W_1}=k_B N_Alog2 \] 一方熱力学\(~dU=TdS-pdV,pV=RT~\)よりエネルギー一定(\(dU=0\))のとき,\(~dS=pdV/T=R\;dV/V~\)より, \[\varDelta S=\int dS=R\int_{V}^{2V}\frac{dV}{V}=k_BN_Alog2\quad(R=k_BN_A)\] となって, 確かにボルツマンの関係式と一致している。

微視的状態数の計算方法は2通りである。
 ボルツマンの関係式はミクロ(状態数\(W\))とマクロ(エントロピー\(S\))を繋ぐ唯一の式である。状態数\(~W~\)の計算方法は2通りである。
(1) 何とかして, 状態数\(~\bm{W}~\)を数える。 厳密解を求める, 最も基本的な手法。
 プランクが黒体輻射の導出に用いた方法が代表例で, 丹念に場合の数を計算する。正準形式(カノニカル)でも統計集団(アンサンブル)でもないが, ミクロ・カノニカル・アンサンブルの代表例として取り上げられる事が多い。アインシュタインも固体の比熱の導出にこの方法を用いた。
 ただし, 正確に数え上げるのは容易ではない。制約も多く, エネルギー一定, 粒子数一定の孤立系に対してのみである。教科書, サイト記事共に, プランクの例が殆どである。この手法をミクロカノニカルアンサンブルと呼ぶ。

(2) 状態密度から状態数\(~\bm{W}~\)を数える。
 場合の数は諦めて, 連続量である状態密度から状態数\(~W~\)を数える。
ただしこの\(~W~\)から\(~S=k_BlogW~\)によってエントロピーを計算することは稀で, 普通は状態密度をラプラス変換して分配関数なるものを導出し, その分配関数から熱力学諸量を計算する。
 分配関数を用いる方法は, 現代統計力学の主流でカノニカルアンサンブルと呼ぶ。プランクが数年かかった計算が, ほんの数分で済む大変便利な手法である。

(1)が厳密解, (2)は近似解である。分子数が\(~10^{24}~\)個程度になると, 厳密解との差は\(~10^{-12}~\)以下であり, 事実上一致する。分子数1億個では誤差は\(~0.01~\)%程度であり, 現代の測定技術から言えば, 明らかに差がある。また分子動力学という計算機シミュレーションにおいて, 分子数が\(~10^6~\)個程度になると明らかな有意差が生ずるそうである。2つの手法は同じだから好きな方を選べば良いとはとても言えない。

coffe

[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!

 \(\displaystyle S=k_BlogW~\)はプランクの発案。ボルツマン自身はボルツマン定数\(~k_B~\)には興味は無かったようだ。