例えば中心力に対しては, 「向心力は立体積\(\ SP^{2}\x\ QT^{2}/\ QR\)が, 点PがQに一致する極限でとる値に比例する」というものである。
これを, 面積定理 (\(Kepler~\)第2法則)\(~2\triangle{SPQ} ={SP}\x\ QT=2h\Delta{t}\)を用いて, Q→Pの極限で\(RQ/\Delta{t}^{2}\)が\(F~\)に比例している, と書き直した。正直何を言っているのか分からない。オイラーも理解するのに四苦八苦だったらしい。そして苦労の末, 今日我々の知っている運動方程式
\[F = m \frac{d^{2}x}{dt^{2}}\tag{1}\] を導いた。
因みにプリンピキアの記述を今日の式で書くと, 微分方程式ではなく, 力積による運動量変化
\[\triangle{(m\upsilon)}=F\triangle{t}\]
である。
さてニュートンの3法則について考えてみよう。
・第一法則(慣性の法則)
すべての物体は, その静止の状態, あるいは一直線上の一様な運動を外部の力によってその状態を変えられないかぎり, そのまま続ける。
・第二法則(力の定義)
物体の加速度は物体に作用する力に比例し, 物体の質量に反比例する。
・第三法則(作用反作用の法則)
2つの物体が互いに力を及ぼし合うとき, それらの力は向きが反対で大きさが等しい。
第二法則は既に説明したとおりである。オイラーの運動方程式と称するのが正しい。(注1)
第三法則は「運動量保存則」で考えることとし, ここでは第1法則(慣性の法則)と第二法則(運動方程式)の関係を考えてみよう。
(注1)正式なオイラーの運動方程式は別にあるが, ここではオイラーの偉業を伝えるために記した。
第1法則は「外部の力が加わらない限り運動状態は変わらない」というものである。ところが第2法則で\(~F=0~\)とすれば, 加速度は\(~a = 0~\)なので, 第1法則は不要であるように思われる。しかし教科書には必ず第1法則が書かれている。
1. プリンピキアに書かれているのでそのまま書いた。
2. 内在する「慣性力」が慣性運動の原因という, 当時の誤った考えを払拭するために必要だった\(^{*}\)。
3. 宇宙には実在しないが「絶対慣性系」を前提に理論を進める必要性を強調した。
そういえば, 一般相対性理論では「局所慣性系」と呼ばれる「絶対慣性系」に近いものを設定している。ニュートンは相対論まで見越していたのか!
\(^{*}\)物体が等速で動き続けるためには, 物体に内在する「慣性力」が必要というアリストテレス以来の考え。因みに加速系における見かけの力, 今日の「慣性力」を確立したのもオイラーである。
ではオイラーはどのように考えていたのだろうか?
「もしも物体が何の力も受けていないならば,(中略), この運動方程式(1)は, それ自体のうちに,(中略), 運動の第1法則を含んでいる。」
第1法則は運動方程式の特別の場合として含まれていると明言している。
さあ我々凡人はどうしたらよいのだろうか?
現代の教科書では「第1法則は慣性系の定義」とするものが多いが。
オイラー以前は ケプラーの第二法則→万有引力の法則(逆2乗法則) は出来たが, その逆は不可能だった。オイラーはケプラー問題の初めての解析解(楕円軌道)を与えた。さらに自ら発展させた解析学を駆使して, 剛体の回転の\(Euler~\)方程式, 250年後の現在もそのまま使われている流体の\(Euler~\)連続方程式までも導出した。「立体積の‥」では, ニュートン力学は凡人には全く理解不能なままであったであろう。オイラーにはよくよく感謝しなければならない。
惜しむらくは, 永遠不滅のエネルギーに関しては確たる概念は持っていなかったようである。ライプニッツ, ヨハンベルヌーイ等そうそうたる学者達が繰り広げた「活力論争」を経て,
\[エネルギー=[力]\x[距離]\]
が確立するのはラグランジュの解析力学まで待たねばならない。
[コーヒーブレイク/閑話]…お疲れさまでした!
\(Leonhard~Euler\)。解析学, 数論, 幾何学, 数理物理学に多大の功績を残した。64才で失明してからも, 難しい積分も暗算で計算し, 口述筆記で論文を執筆。76歳で亡くなるまで続けたという。