楽しく学ぶ…解析力学
位相空間とハミルトンベクトル場
正準方程式はハミルトンの想像を超えて拡がり, 統計力学, 量子力学, 場の理論への入り口となっていた。
位相空間 物理世界の新しい捉え方。視点を変えると新しい世界が拓けてくる。
ラグランジュ1788年の労作『解析力学』に感銘を受けたハミルトンは, ラグランジュが重要視した正準形式による定式化を目指した。その過程で, 偶然の助けも借りながら, 一般化運動量\(~p~\)を導入し, 一般化座標\(~q~\)と組合わせた正準座標\(~(q,p)~\)による正準方程式を導いた。正準座標\(~(q,p)~\)が織りなす位相空間は, ハミルトンの想像を超えて(と筆者は思うが)大きな拡がりを持った物理世界への入り口となっていた。
最小作用の仮定に始まる解析力学はここに至って思わぬ世界に発展し終点が見えない。解析力学は未だ発展途上であるとも言われている。
位相空間
質量\(~m\), ばね定数\(~k~\)の一次元調和振動子の運動を考えよう。\(\omega=\sqrt{k/m} ~\)とすると
\[L=\frac{1}{2}m\dot{x}^2-\frac{1}{2}m\omega^2x^2,\quad p_x=m\dot{x} \]
であるから, ハミルトニアン\(~H(q,p)=H(x,p_x)~\)は,
\[H(q,p)=\frac{1}{2m}p_x^2+\frac{1}{2}m\omega^2x^2 \tag{1}\]
である。 \(H~\)が\(~t~\)を顕わに含まない場合(このような系を
自律系と呼ぶ.)は\(~H~\)は全エネルギーを表したから
\[\frac{1}{2m}p_x^2+\frac{m\omega^2}{2}x^2=E \]
である。これを
\[\frac{p_x^2}{2mE}+\frac{x^2}{2E/m\omega^2}=1 \]
としてみれば, 運動はこの場合には\(~x,p_x~\)を座標軸とする2次元空間の楕円で表される。この2次元空間を
位相空間又は
状態空間と呼ぶ。
一般には\(~q_1,q_2,\dots,q_f~\)と\(~p_1,p_2,\dots,p_f~\)の\(~2f~\)個の変数を座標軸とする抽象的な空間を位相空間又は状態空間と呼ぶ。
なお数学で同じ位相という用語が出てくるが, これとは異なることに注意しよう。
さてハミルトニアン(1)の正準方程式は
\[\dot{x}=\dd{H}{p_x}=\frac{1}{m}p_x,\quad \dot{p_x}=-\dd{H}{x}=-m\omega^2x\tag{2} \]
である。これは二変数の一階微分方程式であるから, この運動は初期条件として\(~(x,p_x)~\)の2つの変数を与えると, それ以後の運動が全て決まる。
運動方程式を解くとは, \((x(t),p_x(t))~\)の時間発展を求めることである。
理解を容易にするために高校物理の式を改めて書こう。最大振幅を\(~\rm A~\)とすれば質点の位置\(~x~\)(一般座標では\(~q~\))は
\[x=Asin\omega t \]
であるから,
\[\dot{x}=\omega A cos\omega t,\quad p_x=m\dot{x}=m\omega A cos\omega t,\quad \dot{p_x}=-m\omega^2 A sin\omega t \tag{3}\]
である。正準方程式(2)による運動を順次追ってみよう。
先ず状態\(~\rm I~\), つまり質点は原点にあり, 最大振幅\(~\rm A~\)に向かって運動している状態である。位相空間図では\(~\rm I~\)で表される点である。
この状態を\(~t~=0~\)として,\(~(x,p_x)=(Asin\omega t, m\omega Acos\omega t)=(0,m\omega A)=m\omega A(0,1)~\)であるとしよう。
この時の位置と運動量の時間微分は\(~(\dot{x},\dot{p_x})=(\omega Acos\omega t,-m\omega^2 Asin\omega t)=\omega A(1,0)~\)となる。
もちろん(2)式から\(~\dot{x},\dot{p_x}~\)を求めても良いし, そうする方がスマートであるが, 筆者のように, ここ等あたりでハタと困ってしまう読者のために,
抽象的ではなく, 具体的に高校物理から解いてみた。
系の状態\(~(x,p_x)~\)が\(~m\omega A(0,1)~\) の時, 次の瞬間には\(~\omega A(1,0)~\)の方向に移動するということである。整理して書けば,
\[(x,p_x)=m\omega A(0,1)\to (\dot{x},\dot{p_x})=\omega A(1,0)~\]
である。
同様にして系が\(~\rm II~\)((3)式で\(~\omega t=\pi/2~\)としても良いし, 高校物理で何度も見たように\(~x=A,\dot{x}=0,\dot{p_x}=-m\omega^2 A~\)からも分る.)
すなわち質点が\(~(x,p_x)=(A,0)=A(1,0)\)にある時, その時間微分は, 位相空間に於けるその質点の
速度であり,
\[(x,p_x)=A(1,0)\to (\dot{x},\dot{p_x})=m\omega^2 A(0,-1)~\]
である。同様にしてその他の点での\(~(x,p_x)\to(\dot{x},\dot{p_x})~\)を求め, 位相空間図に書き込めば, 時計回りのベクトル場が得られる。
楕円なので分かりにくいが, この速度場はハミルトニアンがスカラーの時, その勾配\(~\nabla H=(\partial_q H,\partial_p H)~\)に垂直である。\(~H~\)の軌道が円ならばわかりやすいだろう。
ハミルトニアンベクトル場 流体力学の速度場と同じ。
正準方程式(運動方程式)の与える\(~(\dot{x},\dot{p_x})~\)は位相空間に於けるその質点の
速度であり, 流体内の各点で流速が定義されている「流速の場」とよく似ている。
この速度\(~(\dot{x},\dot{p_x})~\)は流体の速度を場の形で表したのと同じ「速度場」を構成する。
物理では, 位置と時間の関数として表される物理量を「場」と呼ぶ。「電場」や「磁場」や「重力場」などと同じで,
その物理量があたかも空間の性質であるかのように取り扱う。
この速度場\(~(\dot{x},\dot{p_x})~\)は, ハミルトンの正準方程式から得られたものなので
ハミルトニアンベクトル場\(~(Hamiltonian\,vector\,field)~\)と呼ぶ。
相流 水流のように実際にそこに物質が流れている分けではないが, 運動全体を流れ場として捉える。
度々引き合いに出される流体力学であるが, 一次元調和振動子の速度場\(~\bm{z}=(\dot{x},\dot{p_x})~\)では「水流」のような流れは感じられない。
もともとの運動方程式(正準方程式)は二変数の連立一階微分方程式であるから, 任意の時刻\(~t=t_0~\)における初期条件\(~(q(t_0),p_x(t_0))~\)の組が与えられれば,
方程式(2)の解\(~(q(t),p_x(t))~\)は一意的に決まり, 以後の運動が全て定まる。
時間発展と呼ぶ。
変数\(~t~\)の値を動かすと, 相空間中に曲線を描くが, この曲線を
解曲線とか
軌跡\(~(trajectory)~\)と呼ぶ。流体力学では
流線と呼ぶ。1次元調和振動子の場合は上述したように楕円となる。
様々な初期条件に対して解曲線を描いた図が相流\(~(phase\;flow)~\)である。いわば解曲線の束である。1次元調和振動子では, 無数の同心楕円である。一般には下図のようになる。
\(\rm A,B,C~\)が異なる初期点で, 解曲線上の点\(~(x,p_x)~\)の時間微分\(~(\dot{x},\dot{p_x})~\)は解曲線に沿った速度ベクトル\(~\dot{\bm{z}}=(\dot{q},\dot{p})~\)の成分である。
この場合でも速度場のベクトルは, ハミルトニアンの勾配\(~\nabla H~\)を時計回りに回転させたものである。90°の関係があることだけを示しておこう。
\(\nabla H~\)と速度(場)ベクトル\(~\bm{z}=(\dot{q},\;\dot{p})~\)の内積を取ると,
\[\begin{align}
\nabla H\cdot\bm{z} &=\left(\dd{H}{q},\dd{H}{p}\right)\cdot(\dot{q},\;\dot{p}) \\
&=\left(\dd{H}{q},\dd{H}{p}\right)\cdot\left(\dd{H}{p},-\dd{H}{q}\right) \\
&=\frac{\partial^2H}{\partial q\partial p}-\frac{\partial^2H}{\partial p\partial q} \\
&=0
\end{align} \]
上の式で, 1行目から2行目ではハミルトンの正準方程式
\[\dot{q}=\dd{H}{p},\quad\dot{p}=-\dd{H}{q} \]
を用いた。
川面に浮かんだ落葉の様子が水流を表しているのと同じ様に見えるが, あくまでも位相空間上の流れである。
この相流が非圧縮性の定常流であることを
リウビルの定理と呼ぶ。次の記事で触れる。
位相空間と配位空間 似たような名前だが, 何故位相空間が必要か?
ハミルトニアンは, 物理的状態を一般化座標\(~q(t)~\)と一般化運動量\(~p(t)~\)の2つを指定して決める。
このとき\(~(q,p)~\)が張る空間を「位相空間」(\(~phase\;space~\))と呼ぶ。一般化座標\(~q(t)~\)だけの空間は「配位空間」(\(~configuration\;space~\)) と呼ぶ。
配位空間\(~(x,y)~\)における運動方程式は2階微分方程式で, 運動を決定するためには位置と速度の2つの初期条件が必要である。どちらか一つではその後の運動は分からない。
一方, 位相空間\(~(q,p)~\)における運動方程式は2変数の1階微分方程式である。初期条件として\(~(q,p)~\)の2つの変数を指定すれば, それ以降の運動が全て分る。
つまり位相空間図が一つあれば, 運動全体が俯瞰できる。教科書にはこの点が「便利」であると書いてある。筆者にはどの程度便利なのかは実感できないが, 物理世界の捉え方を変えていることは分かる。
現実世界は密教曼荼羅のように, それ一つで全てを包含した世界なのかもしれない。などと考えてしまう。
なお, ある空間の一点を決めればその後の全てが決まるという意味ではラグランジュ関数\(~L(q,\dot{q},t)~\)の張る空間も同様である。
これも位相空間と思うが, そう書いてある教科書は見かけない。
一般化座標と一般化運動量の組合せ\(~(q,p)~\)の絶妙さは, 他の組合せを圧倒している。様々な例に触れてゆくにつれて実感されてくる。