楽しく学ぶ…熱力学
熱力学関数の幾何学(2) 自由エネルギー
ギブスは熱力学関数の幾何学的構造を見抜き, ギブスの自由エネルギー\(~G~\)を導いた。
自由エネルギーの幾何学的性質 ルジャンドル変換の真価はここにある。
ギブスの自由エネルギーの発見 ギブス第2論文の核心。
1873年ジョサイア・ウィラード・ギブスは, 1873年12月論文(4月論文もある)「物体の熱力学的諸性質の曲面による幾何学的表示」において, ギブスの自由エネルギーを導入した。
詳細は富永昭著「誕生と変遷にまなぶ平衡系の熱力学」参照。または「自由エネルギーの幾何学的性質」で検索。
状態量\(~U(S,V)~\)平衡曲面を再掲しよう。
\(U(S,V)~\)平衡曲面
1変数ルジャンドル変換は, 関数の
包絡線(接線)を与えることで, 元の関数の情報を余すところなく伝えられるのであった。
2変数ルジャンドル変換では包絡面(接平面)を与えることで元の関数, 今の場合は\(~U(S,V)~\)の情報を全て引き継ぐ事が出来る。
具体的に言えば, 接平面の\(~S~\)の増加する方向への傾きは\(~T=(\partial U/\partial S)_V~\)を, \(~V~\)の増加する方向への傾きは\(~-p=(\partial U/\partial V)_S~\)を表わしている。つまり任意の点の接平面がその点に対する状態の温度と圧力を表しているのである。
更に\(~U~\)軸との交点(切片)が熱力学ポテンシャルの一つ, ギブスの自由エネルギー\(~G~\)を, 多少の操作を経て, やはり\(~U~\)軸状に他の熱力学ポテンシャル\(~F,\;H~\)が示される。
接平面の方程式 高校数学で習ったと思うが?
曲面\(~z=f(x,y)~\)の\(~(x_0,y_0,z_0)~\)における接平面の方程式は,
\[z=A(x−x_0)+B(y−y_0)+z_0\]
である。ただし, \(\displaystyle A=\left(\dd{f}{x}\right)_{x_0,y_0},\;B=\left(\dd{f}{y}\right)_{x_0,y_0} \)である。
(証明)
点\(~(x_0,y_0,z_0)~\)の近くで, \(x~\)が微小量\(~\varDelta x~\), \(y~\)が微小量\(~\varDelta y~\)だけ増えると関数\(~z~\)は概ね,
\[z\simeq z_0+A\varDelta x+B\varDelta y \]
となる。ここで, \((x_0,y_0,z_0)~\)の近傍ではもとの関数は接平面とほぼ一致するだろうから, 接平面の方程式は,
\[z-z_0=A(x−x_0)+B(y−y_0)\]
となる。(証明終わり)
(例題) 曲面\(~z=x^2+y^2~\)の\((1,2,5)~\)における接平面の方程式を求めよ。
(解答)\(~x~\)で偏微分すると, \(f_x=2x~\), \(y~\)で偏微分すると, \(f_y=2y\)。
よって,求める接平面の方程式は, \(z-5=2(x−1)+4(y−2)\).
\(U(S,V)~\)平衡曲面の接平面 2変数ルジャンドル変換
曲面\(~U=U(S,V)~\)上の状態点\(~(U_0,S_0,V_0)~\)における接平面の方程式は,
\[\begin{align}
U-U_0&=\left(\dd{U}{S}\right)_V(S-S_0)+ \left(\dd{U}{V}\right)_T(V-V_0)\\
&=T(S-S_0)-p(V-V_0)\\
&=T_0(S-S_0)-p_0(V-V_0)\tag{1}
\end{align} \]
である。接点での温度, 圧力をそれぞれ\(~T_0,p_0~\)とした。
接平面(1)は\(~U~\)軸と交わり, その切片を\(~G_0~\)とする。\(S=V=0,\;U=G_0~\)であるから,
\[G_0-U_0=T_0(0-S_0)-p(0-V_0)\]
より,
\[G_0=U_0-T_0S_0+p_0V_0 \]
平衡曲面上の接点を, 特定の状態点\(~(U_0,S_0,V_0)~\)から任意の点\(~(U,S,V)~\)へ変えて,
\[G\equiv U-TS+pV\tag{2} \]
これが1873年ジョサイア・ウィラード・ギブスが導いた「ギブスの自由エネルギー」である。「ヘルムホルツの自由エネルギー」の凡そ10年前である。
さて, この図から\(~G=U-TS+pV~\)の意味を読み取るのは, 我々凡才にとっては難しい。ギブスは幾何学構造の中に何を見たのだろうか?
ギブスの自由エネルギーが真価を発揮するのは多相平衡である。三相(固相, 液相, 気相)共存領域は\(~SV~\)平面で, 三角形(の平面)を構成する。状態点が三角領域内のどの位置に移動しても, その接平面は同一である。その接平面が\(~U~\)軸を切る点の値が「ギブズの自由エネルギー」だった。
つまり,
三相共存状態では, ギブズの自由エネルギーは一定である。これがギブスが幾何学構造の中に見出したことであった。
三相共存状態では(三角形の中では), 接平面の傾き,
\[T=\left(\dd{U}{S}\right)_V,\;p=-\left(\dd{U}{V}\right)_S \]
が一定。つまり温度(熱的平衡), 圧力(力学的平衡)の平衡が成り立ち, さらに
\[U_1-T_1S_1+p_1V_1=U_2-T_2S_2+p_2V_2 \]
が成り立っている。見方を換えれば
\(~\Vec G~\)一定が三相平衡の条件である。これがギブスが発見した平衡条件である。
その後\(~G~\)はギブスの自由エネルギーと呼ばれるようになる。天下りに定義したものでもなければ, ましてや
\(~G=U-TS+PV~\)とすると
他の式が簡単になるというようなものでは無い!
マックスウェルはすぐにギブスの着想を理解し, 水の\(~U(S,V)~\)曲面の石膏模型を作った。全く天才達の世界はただ驚くのみである。ヘルムホルツの自由エネルギーが発表されたのは凡そ10年後, (ギブスが熱関数と呼んだ)エンタルピーが地位を確立したのは30年後である。
この記事でもそうだが, 殆どの教科書, ネット記事は「\(\cdots~\)を\(G=H-TS\cdots~\)と定義する」から始まる。定義に至った経緯に触れることは殆ど無い。
角運動量ベクトルでも実際に軸方向に力が働いていると勘違いしていた高名な方もいた。まぁ, 誤解したままでも構わないほど, 背後の数学が素晴らしいという事ではあるが。
エンタルピー\(~H~\), ヘルムホルツの自由エネルギー\(~F~\)
\(U(S,V)~\)曲面の接平面は, ギブスの自由エネルギー\(~G~\)の他にも多くの情報を含んでいる。
接平面と\(~V=0~\)面との交線は, 傾きが\(~\partial U/\partial S=T_0~\), 切片が\(~G_0~\)より,
\[U=T_0 S+G_0 \]
図の様に\(~H_0~\)を取れば, \(G_0=U_0-T_0S_0+p_0V_0~\)を用いて,
\[H_0=T_0S_0+G_0=T_0S_0+U_0-T_0S_0+p_0V_0=U_0+p_0V_0\]
平衡曲面上の接点を状態点\(~(U_0,S_0,V_0)~\)から任意の点\(~(U,S,V)~\)として,
\[H\equiv U+pV\tag{3}\]
接平面と\(~S=0~\)面との交線は, 傾きが\(~\partial U/\partial V=-p_0~\), 切片が\(~G_0~\)より,
\[U=-p_0 V+G_0 \]
図の様に\(~F_0~\)を取れば, \(G_0=U_0-T_0S_0+p_0V_0~\)を用いて,
\[F_0=-p_0V_0+G_0=-p_0V_0+U_0-T_0S_0+p_0V_0=U_0-T_0S_0\]
平衡曲面上の接点を状態点\(~(U_0,S_0,V_0)~\)から任意の点\(~(U,S,V)~\)として,
\[F\equiv U-TS\tag{4}\]
を得る。(3), (4)式がエンタルピーおよびヘルムホルツの自由エネルギーである。(3)式を使えばギブスの自由エネルギーは,
\[G\equiv H-TS \tag{5} \]
と書ける。定義式として, こちらを使う場合も多い。
\(U(S,V)~\)をルジャンドル変換して得られる, \(G,\;H,\;F~\)は\(~U(S,V)~\)の情報を余すところなく引き継ぐ熱力学関数である。
\(~\Vec G,\;\Vec H,\;\Vec F~\)の大小関係 数式で示すと長~い式になるが。
図の\(~G_0,\;H_0,\;F_0~\)は言うまでもなく, 同じエネルギー状態\(~(U_0,S_0,V_0)~\)を反映しており, 比較することには意味がある。
温度\(~T=\partial U/\partial S~\)が正, 圧力\(~p=\partial U/\partial V~\)が正(\(-p~\)は負)より, 図から明らかに,
\[H\gt G\gt F \]
である。